「まだ死ぬ理由の説明が足りませんか、だから人間って生まれた時点で人生が、勝ち負けがほぼ決まっているじゃないですか」

 少し怒りを込めて淡々と男はそう言った。諦めの中に少しだけの自嘲が混じった顔をしている。

「そもそものスタートラインや環境が、人より不利なのに努力しろ、甘えだ努力が足りないと言われても本当うんざりですよ」

 今度は激しい怒りを込めて男が叫ぶ。

「俺は家庭も底辺だし、顔も頭も、スポーツが出来るとかも無い負け組です。クソ親のクソ遺伝子で周りの環境も悪い、詰んでるんですよ。生まれた時点で。既に、俺の人生は」

 段々と声を荒げて最後は絞り出すような叫びに変わっていた。やめろ、それ以上言うなと松雪は思いながら聞く。

 それ以上言われてしまったら、これ以上聞いたら目の前のこの男を殺さなくていけない。松雪は一転して金結を殺したく無くなっていた。

「松雪さん、死が……。死だけが救いになる人間だっているんです。お願いします、お願いしますから……」

 男の喉仏より少し上に真っ黒な手の形が入れ墨のように浮かび上がる、それを見て松雪は呼吸が荒くなった。

 あぁそうだ、これから松雪は金結の首に浮かび上がる手形通りに手を置いて、目の前の男を絞め殺さなくてはならない。

「もう大丈夫ですよね、俺は死ねますよね、自分じゃ見えないけど」

 松雪の動揺が悟られたらしい、金結は涙ながらに安堵した表情を見せた。

 だが、弾けたように松雪は立ち上がって、この狂った空間から出ることが出来るドアまで走る。それを見た金結は声を荒げて問いかけた。

「松雪さん、まだ逃げるんですか。俺達は逃げて逃げてこんな所まで来たんですよ」

 ドアノブを握り締める松雪の手が止まる。

 そうだ。自分はここまでずっと逃げてきた、頑張ることからも、まっとうな人生って奴からも。

「松雪さん、もう終わりにしましょう。お願いしますから……」

 金結は涙声でそう懇願した、誰だって死にたいと思って生まれるわけじゃない。

 でも生きて生きて、死ぬことでしか救われない、報われない状況になる人間はどうしても出てきてしまう。

 もし自分がどっかの金持ちの社長だったら助けることもできるのだろうが、今の松雪には死を与える事以外に金結を救う方法が思い浮かばなかった。