目が覚めると松雪は椅子に座っていた。

 最初に目に飛び込んできたのは白い布。

 やがてそれは大きなテーブルを覆っているテーブルクロスだという事を知る。

 当たり一面には真っ白な空間が広がり、テーブルの向こう側には人が座っていた。

「はじめまして、松雪総多(まつゆきそうた)様ですね」

 状況は飲み込めないが、完全に目は覚めた松雪は抑揚のない声で話す女性をジッと見た。

 その整った顔立ちと、病的なまでに白い肌は作り物の様に美しく、体を流れるのは赤い血ではなく白い血か、そもそも血が流れていないんじゃないかと松雪に思わせた。

 全てが白い空間で、彼女の黒いドレスだけが浮かんで見えるようだ。10秒程の間を置いて松雪は言葉を絞り出す。

「はい」

 そう返事をするので松雪は精一杯だった。この女は確かに美人だ、テレビで見たことも無いような完成された美しさだ。

 それ故なのか不思議な感情が湧く。

 松雪は目の前の女が口を動かし、話し、瞬きをしていても、人間だと思えなかった。

 抑揚のない話し方も相まってか、作り物のマネキンが話しているような不気味な感覚だ。

「私は『サハツキ』と申します。分かりやすく言うならば死への案内人です」

 松雪はそこで自分は変な夢を見ているのだろうと思った。

 しかし、椅子に座る感覚、テーブルクロスの感触は現実のそれとまったく変わりがない。

 これが噂に聞いていた現実のように感じる夢『明晰夢』なのかと一転、妙に冷静に考えていた。

「松雪様はこの度『執行人』に選ばれました。おめでとうございます」

 真顔を少しも崩さずに、サハツキと名乗った女は松雪に祝福の言葉をかける。

 これは夢だと思った松雪は口内を少し強めに噛んでみたが、痛みを感じるだけで夢は覚めない。

 松雪の事情も心情も関係ないとばかりに女は話し続ける。

 そして、その中に興味を惹かれるものが1つあった。

「松雪様は条件を満たせば、苦痛を受けずに死を迎えられる権利を受け取ることが出来ます」

 死という言葉が魅力的に松雪の頭に響き渡り、女の顔を見つめ直す。

 しかし、条件と苦痛を受けずにと聞いて頭に思い浮かんだ事がある。

 インターネットの掲示板や質問サイトで楽な死に方を聞いている者に対して「寿命まで生きて老衰で死ぬのが一番楽な死に方だ」と言い放ち、自分は良い事を言ったと思い込んでいる勘違いの愚か者共だ。

 この夢は説教臭く自分にそれと同じ事を言うのではないかと。