「そんな……」

 信じられずに松雪は呟く。

「工場でしたが、障害者枠だから給料は安く、他の人と同じ仕事をして、障害で出来ない事を伝えても理解されずに」

 小田の目から涙が一筋伝う。

「機械が老朽化で壊れたことも僕のせいにされたり、指示を理解できないことを馬鹿にされました」

 何と言葉を掛けて良いか分からない松雪の前で小田は話し続ける。

「精一杯努力はしました、努力しても出来ないんです。それに、努力して健常者に近付けるのに、そこまで出来るならもっと出来るよねって、より求められるんです。疲れたんです」

 小田は感情を絞り出して言った。

「自分でもクズだと思うんですけど、同じ障害者ならば、身体障害者が羨ましかった。見た目で分かるなら理解してもらえるから。精神障害者は脳の異常なので、見えない所なので、伝わらないんです」

 はぁっと一つため息。

「それか、いっその事、もっと重い脳の障害の方が良かった。壊れてるならもっと壊れて何も感じられないようにしてほしかった」

 ぐううと言って泣き出す小田、松雪は黙って言葉を待つしか出来ない。

「健常者にもなれず、重い障害にもなれず、中途半端で一生苦しむぐらいだったら、僕は死にたいんです」

 小田の首に手形が薄っすらと浮かび上がる。

「例えば、一生使わなければいけない新しい物を買って、それが不良品でした、でも交換は出来ませんって言われて怒らない人って居ないと思うんですよ。クレームを入れると思うし、不良品ならば使いたくないと思うんです」

 いきなり何の話だと松雪は戸惑う。

「僕にとって、不良品を売ったのが親。これが親への憎しみです。使いたくないって気持ちが人生です」

 なるほどなと、松雪が無言で頷く。

「精神障害者は要らない、不必要だって僕は子供の頃からの経験で理解していました。この世の中に僕達には居場所が無いんです」

 松雪は「そんな」と言いかけたが、反論が思い浮かばない。

「誰からも必要とされないなら、死ぬしかないじゃないですか。それで死のうと思って自殺の名所の橋まで行って飛び降りようとしました」

 松雪は黙って続きを聞く。

「だけど、橋の上から下を見たら恐くなって、吐いて帰ってしまいましたよ」

 しばらく無言が続く。先に口を開いたのは小田だった。

「人間と猿の遺伝子って99%近く同じって説があるんですけど」

 突然何を言い出すのかと、驚く松雪。

「人間と猿で1%しか違わないなら、脳が狂っている自分は人間なのかなって、人間って呼べるのかなって。人じゃないんじゃないかって……」

「そして、たった数ミリグラムの薬のお陰で生きていける自分の感情って何なんだろうって、そもそも、異常な脳で考えている感情って思考って本物なのかなって」

 小田は松雪を見据えて言う。

「自分は人間じゃないんじゃないかって、思ってます」