「そう難しく考えることじゃ無いと思うんですよ」

 金結が言う。

「俺にとって、死ぬってのは予防注射みたいなもんなんですよ。これから苦しいことばかり起こる人生から逃げるため。一瞬だけ……、一瞬だけ苦しいことを我慢すればそれで終わるんですよ?」

 松雪は振り返った。金結の首には浮かび上がる手形。

「俺は惨めに生きたくない。勝ち組を支えたくない。死にたいんです」

 両手を広げて金結は続けた。

「だって、こんな理不尽な世の中生きる意味ありますか。生きる価値ありますか」

 ドアノブから手を離して松雪は一歩、また一歩と金結の元へ歩く。

「……ありがとうございます」

 涙を流しながら、引きつった笑顔で金結は言った。

 松雪は一歩、また一歩と金結に近付いて、震える手を首に伸ばす。

 その手が、首に入れ墨のように浮かび上がる手形に触れた瞬間、恐ろしい力が手に込められた。

「かひゅっ」

 金結からそんな音が漏れた。松雪は驚いて手を離そうとするが、少したりとも離れない。それどころか首を絞める力は段々と増すばかりだ。

 喉仏を潰す嫌な感触が伝わってくる。目の前の金結の顔はどんどん赤くなり、破裂してしまいそうだった。

「うわああああああああ」

 松雪は叫んだ。目を閉じて耐えることしか出来ない。金結の口からよだれと嘔吐物が少し流れる。

 その時間は、永遠にも一瞬にも感じられた。すっと手から力が抜けると、すっかり事切れた金結がそこには居た。

「松雪様、お疲れさまでした。無事、金結様は死へと導かれました」

 その声にビクリと松雪は振り返る。

 そこにはサハツキが立っていた。

「無事って……」

 無残な金結の残骸を見て松雪は言う。自分が殺してしまった。まだ興奮しているのか実感が沸かない。

「松雪様、また後日この部屋へご案内いたします」

 また空間がグルグルと回りだした。そして、その回転が終わると同時に松雪は眠りから目が覚め、飛び起きる。

 はぁはぁと息をしながら周りを見て、自分の手を見つめた。

「夢……。だったのか」

 夢じゃないとしても夢だと思いたい。時計を見ると、アルバイトが始まるまで後、二時間だ。

 デザインナイフが刺さった太ももはしっかりと痛いし、自分はジャージ姿だ。

 とても働きたい気分ではなかったが、松雪は冷静に働く準備をした。

 えらくリアルな夢として、自分の中で先程のことを片付けることにしたのだ。

 気分が悪い、汗も凄い。シャワーを浴びて一旦リセットしようと思い立ち、頭から湯を浴びる。

 先程の光景がフラッシュバックした。首を絞める感触と金結の顔。



 俺はこの理不尽な世の中に死んで勝ってやった。

 ザマァ見ろ世界、お前も死んでしまえ。