今のみすぼらしい自分を彼に見てほしくなかった。彼の頭の中でだけは、幼い自分のままでいたかった。
 
 そう思っていれば、和史が足を止める。突然のことに驚いて、姫子は彼の大きな背中に顔をぶつけてしまう。
 
 じんじんと痛む鼻を押さえていれば、耳に届いたのはまたしても大きなため息。

「注意散漫だな。そんな風だから、あんな奴らに付け込まれるんだ」

 和史は、姫子のほうをちらりとも見なかった。

 ……それに、少し傷つく。姫子の知っている和史は、いつだって姫子の目を見てくれた。優しく微笑みかけて、話しかけてくれた。

(このお人は、本当に和史さん……?)

 確かにあの頃の面影はある。だが、それ以外があまりにも似ていない。

 纏う雰囲気も、その表情も。背丈などは成長したと考えれば当然なのだろうが……。

「今から馬車に乗って移動する。……いいな?」

 ちらりと姫子を一瞥して、和史がそう問いかけてくる。……慌てて頷けば、和史が近くにあった馬車乗り場へと足を向けた。

(……なんだか、変な感覚だわ。……かといって、逃げるなんて選択肢はないもの……)

 だって、今の自分にはもう帰る場所なんてないのだから……。

 そう思って、姫子は和史についていく決意を固める。それしか、出来ないから。