「物わかりのいい奴は好きだぞ。……バカに構うような時間はないからな」
 
 和史はそう呟いて、姫子の手首をつかみなおす。じんじんと微かに痛む手首に、表情を歪める。
 
「……あ、あの、和史、さん」
 
 咄嗟に、彼に声をかけてしまった。意味なんて、ない。
 
「なんだ。手短に済ませろ」
 
 ぎろりと姫子を見つめて、和史がそう告げてきた。
 
 用件なんてない。声をかけた理由さえ、姫子にはよくわからない。
 
 その所為で俯いていれば、和史が「はぁ」とため息をついたのがわかった。びくりと姫子の肩が自然と跳ねる。
 
「用事がないのならば、声をかけるな。……生憎、俺は暇じゃないんでな」
「……はい」
 
 頷くことしか出来ずに、姫子は和史に連れられて、路地から出ていく。
 
 帝都の中央街に行くと、先ほどの薄暗さなんて微塵も感じさせない。あれは、嘘だったのか。または、悪い夢なんじゃないかと、思わせてくるほどだ。
 
(でも、これは現実)
 
 その証拠に、自身の手首をつかむ和史の力は確かなものだ。
 
 夢じゃない。想像でもない。……自分は今、和史と再会したのだ。
 
(だけど、どうしてこんな最悪なときに……)
 
 和史に会いたかった。けれど、それとほぼ同じくらいに。彼にだけは、会いたくなかった。