姫子が和史の邸宅に住むようになって、早くも十日が経った。

 邸宅には合計で四人の使用人がいる。家令である佐藤。中年の侍従。それから、年配と年若い女中が一人ずつ。

 とても広い邸宅は、和史一人だけだと持て余すそうだ。挙句、彼は仕事で留守にする、もしくは夜中に帰宅することも多く、邸宅にはあまり主がいなかったと。

 だからこそ、彼らは姫子が来てくれて嬉しいと言ってくれた。……もちろん、彼らは姫子が『買われた花嫁』であるということは知らない。

 しかし、初めはどうなるかと思った新しい生活も、案外快適だった。それもこれも、使用人たちが良くしてくれるからだ。

「それにしても、和史さまももう少し早くご帰宅されればいいのに」

 姫子の髪の毛をくしで梳きながら、年若い女中がそう零す。

 彼女は徳川(とくがわ) いすず。この邸宅に仕える女中の一人で、二十六歳。

 彼女の仕事はこの邸宅での生活に不慣れな姫子の手助けだ。そのためか、十日間ずっと側にいてくれている。

「いえ……その、お忙しいことは、知っておりますので……」

 膝の上に置いた手に力を込めながら、姫子は弱々しい声でそう告げる。