雪下の花嫁①~再会した花嫁は恋に買われる~

 姫子の気持ちなどこれっぽっちもわからない。そうとでも言いたげだと思った。

(昔の彼ならば、私のことを傷つけたりはしなかった)

 頭の中では全部理解しているのだ。離れていた時間で、互いは大きく変わってしまったのだと。

 なのに、心が信じられない。まだ、あの頃の優しい彼のままなのではないか。

 姫子の淡い初恋相手の和史のままなんじゃないか。そう、思ってしまうのだ。

「言っておく。この関係には恋も愛もなにもない。俺たちは金でつながった関係。それだけだ」
「……っ」

 認めたくない。でも、認めなくちゃならない。自分は彼に買われたのだと。

「わかったら、さっさと泣き止め。俺は泣く女は嫌いだ」

 姫子を見下ろす和史の目が、何処までも冷たい。ぐっと唇をかみしめて、姫子はさらに溢れそうになる涙をこらえた。

『泣くな。……泣いたら、きれいな顔が台無しだ』

 頭の中にふと蘇ったのは、幼い姫子を慰める和史の言葉だ。

 今とは全然違う言葉をかけてくれた。優しく涙を拭ってくれた。

 けれど、今の彼は。

(いやというほどに理解してしまう。……あの頃の和史さんは、もういないのだと)

 自らの頬を伝う涙を必死に拭って、姫子は感情を押し殺す。

 しばらくして、部屋の扉がノックされる。それは、姫子の部屋の準備が整ったという知らせだった。