「家にいてはなにかと親がうるさいんだ。……と、そんなことは今はどうでもいい」

 そう言った和史が、玄関の扉の前で立ち止まる。それから扉を開けて、足を踏み入れる。姫子は遠慮していたが、引っ張られて邸宅の中に引き込まれた。

「おや、和史さま。おかえりなさいませ」

 しばらくして、男性の声が聞こえてくる。顔を上げれば、そこには見知らぬ年配の男性がいる。白髪交じりの黒色の髪の毛はきれいに撫でつけられており、その優しい声とは裏腹に目が鋭い。

「あぁ、今帰った。悪いが、この後応接室でこの女と話をする。誰も近づけるな」
「おや……かしこまりました」

 和史の言葉を聞いて、男性は深々と礼をすると下がっていく。

 姫子が彼をぼうっと見つめていれば、和史は姫子の手をまたグイッと引っ張った。

「なにをぼさっとしている。行くぞ」
「……え、あ、はい」

 上ずったような声で返事をして、姫子は和史に続いて歩く。

 連れてこられたのは、玄関からそう遠くはない部屋のようだった。和史が姫子に部屋に入るように促す。

「……失礼します」

 小さくそう言葉を呟いて、姫子は部屋の中に一歩踏み入れる。