「とりあえず、行くぞ」

 狼狽える姫子の心を無視して、和史が姫子を引っ張っていく。手をつながれている所為で、引っ張られながらついていくことしか出来ない。

(……というか、ここは。月橋家の邸宅ではないわね?)

 月橋家が引っ越したという話は聞いていない。それなのに、幼少期によく訪れていた月橋家とは何処か違うような気がしていた。

 邸宅の造りのほかにも、庭園の木の位置なんかも……。

「あの、和史、さん」
「どうした」
「ここは、何処……ですか?」

 小さな声でそう問いかけてみる。和史は特別な反応を示すことはなく、淡々と「俺の邸だ」と答えをくれる。

「今はここで数少ない使用人と暮らしている。実家には週に一度戻るだけだ」
「……まぁ」

 和史は長男である。つまり、家を出る必要なんてちっともない。いずれ、あの家は和史が継ぐはずなのだから。