そして、馬車がゆっくりと止まったのがわかった。窓の外に見えるのは、見知らぬ邸宅だ。

「ほら、行くぞ」

 御者が扉を開けたため、和史がさも当然のように馬車から下りる。御者に料金を手渡し、その手を今度は姫子に差し出してくる。

「……ほら」

 ……これは、どういう反応をするのが正解なのだろうか。

 頭の中に浮かんだ考え。だけど、それよりも。このまま彼に手を差し出させ続けるのが心苦しくて。

 姫子は、おずおずと彼の手に自らの手を重ねる。

 ぎゅっと握られて、肩が跳ねる。和史は、戸惑うことなく姫子の身体を馬車から降ろしてくれた。

(……温かい)

 その手のぬくもりに、心がほっとする。でも、その手がすぐに離れてしまいそうになる。

 名残惜しくて、咄嗟に掴む。和史の視線が姫子を射貫く。

「あ、そ、その、申し訳、ございません……」

 謝罪をして、手を離そうとする。けれど、今度は和史のほうが離してくれなかった。

 それどころか、指を絡めてくる。姫子の目が軽く見開いた。

「こうしたかったんだろう? いいぞ。付き合ってやる」

 上から目線の言葉。それなのに、不快にはならない。

 むしろ、心臓の音がどんどん早くなっている。……こんなの、おかしいとわかっているのに。

(どうして、こんな気持ちになるの……?)

 自分の気持ちも、和史の行動も。なにもかもわからなくて、姫子は俯き続けた。