「そうだな。一万円分の働きは、してもらわないとならないな」

 冷静な、抑揚のない声。……予想していた言葉だった。

「で、では、私は、なにをすれば……」

 普通に考えて、女中などとして働いて返せる金額じゃない。やっぱり、危ないこと、もしくは身売りをするしかないのか……。

「それに関しては、邸宅に着いたら説明する。……まぁ、ひどくはしないな」
「……さようで、ございますか」

 今、姫子の目の前にいるのが以前の和史ならば。

 姫子は、胸をなでおろしただろう。彼に助けてもらってよかったと思っただろう。

 でも、今の和史は姫子の知っている彼ではないような気がする。その冷たい目。冷徹な雰囲気。何処か人生に退屈したような態度。それは、あの頃の和史とは似ても似つかない。

(けれど、それは私も一緒。あの頃の私とは、全然違う)

 あの頃は無邪気に生きることを楽しんでいた。高い着物を身に纏って、食べるものに苦労することもなかった。優しい両親、優秀な使用人たち。友人だっていたし、それなりに自由に過ごせていた。

 ……比べ、最近の人生は。

(あぁ、惨めだわ。……こんなにも、落ちぶれてしまうなんて)

 少し自虐的な笑みを浮かべて、姫子は乾いた笑いを零した。

 和史が変わったのと同じくらい、いや、それ以上に。姫子のほうが、変わってしまったのだろう。

 身なりも、生活も。――性格も。