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「なにか細工したとかじゃないよね?」
「しないよ。というか、今日初めてくじ引きなんてものが新聞部にあることを知ったんだから、できるわけないでしょ?」
それにしては、余りにも出来すぎている気がするけど。
まあ、起きてしまったものは仕方がない。
「なら、約束して。あの子に思い出させるようなことは言わないって」
「うん、わかってるよ」
きっと「くるみ先輩の為にならない」とか反論してくるかと思ったが、案外素直に約束してくれた。もしかして、なにか企んでいるのかも。
わたしのじっとりした視線に気付いた日向は、慌てたように両手を振る。
「本当だよ!僕だって、今はまだ早いってわかってる」
「今は?」
いつかは、話そうとしているということ? 
「絶対に、一生言わないで。あの子は今のままで、幸せなんだから」
「でも、くるみ先輩は声が」
「勝手にあの子の幸せを決めつけないで!」
迸る声に、日向はぐっと言葉に詰まった。
「わたしは、ずっとあの子を見てきた」
あの日。全てが変わって、()()()が生まれた。
「あの子は、ずっと苦しそうだった。あの日の記憶と、声を持ったままでは、ずっと苦しんで生きていくしか道がなかった」
繰り返し映し出されるあの日のオレンジ。あの子の叫び声。
「でもわたしに記憶と声を託して、やっとあの子は自由になった。幸せになれたの」
わたしはあの子に変わって、贖罪をする。
「わたしが一番、あの子にとっての幸せがなにかわかってる。だって、わたしはあの子だから」
あの日閉じ込められなかったオレンジを、ファインダーに写して。
「つい最近まで、あの子のことなんて放置して幸せに生きてきたくせに、今更あの子の幸せを語らないでよ」
心のままに言ってしまってから、はっとして口を噤む。こんなのは八つ当たりだ。
「あの」
「ごめん」
わたしが謝る前に、日向が遮る。
「僕、自分勝手だった。くるみ先輩は今幸せじゃないって決めつけてた。ちゃんと考えようともしなかった」
それは、わたしに言っているというより、自分に向けての罪の告白のように聞こえた。目を伏せて、低い声が続く。
「こんなの、偽善より酷い。ただの、我儘だ。結局、僕があの日を無かったことにしたいだけだったんだ」
長く、細い息が漏れる。
肩に掛けた鞄の紐を掛け直すと、日向は顔を上げた。
そこには、泣きそうな笑顔があった。
「ごめん、もう帰るね。また、あ……」
明日、とは言わなかった。