「あ、あの!」
「おっ、来てくれたな!」
次の日の放課後。4月の新聞を作っていると、日向くんが部室に現れた。
「それで、入るのか、入るんだよな!?入るしかないよな!?こんなに楽しい部活に!」
「圧がすごいよ」
「ああっ、悪かった。誰か紹介してくれるパターンもあるんだった……。それで、誰を連れてきてくれたんだ?」
「ああもうっ、部長うるさい!集中できない!」
「どうせいつも集中なんてしてないだろう!」
「してるし!」
「アイスばかり食べているくせに!太っても知らないぞ!」
「うわ、セクハラなんですけど」
いつもの部長と鈴花先輩の他愛ないやり取りが部室に響き渡った。
「それで、入部する……訳ないか。こんなきらきらオーラ満載の男子じゃなぁ。
ざーんねん――」
「ふふっ、あはは」
その時。急に日向くんが吹き出した。少し離れて話していた3人もこちらを向く。
それでも笑いは止まらない。静かな部室に、彼の笑い声だけが響く。
どうしたの、日向くん!部長の攻めを受けすぎて壊れた?
「いや、すみませんっ。あの、入ります、新聞部」
「えっ」
『本当に!?』
「はい」
笑いをこらえながら、少し震えた声で答える。
「大丈夫?おかしくなってない?後悔しない?別に断ったって怒らないよ?」
鈴花先輩が心配そうに尋ねている。そりゃあそうだ。何で入る気になったのか、検討もつかない。
「大丈夫です!新聞部、入りたいんです。楽しそうなので」
「今のどこを見て楽しそうだと思ったのかはわからないけど……」
「おお、素晴らしい!部員がふたりも増えた!これで新聞部は安泰だ。ありがとう、本当にありがとうふたりとも!」
部長はふたりと熱い握手を交わした。
「よし、じゃあ書類を取ってこよう。少し待っていてくれ!」
そして部長はいつになく素早く去っていった……。
こうして、我らが新聞部に新しい風が吹いたのだった。

「ふぇぇ、ほんなほとは?」
リスのように口にお弁当のおかずを含んだまま、私の報告を聞いて頷く親友、葵。
ちなみに今のは、「へえ、そんなことが?」
と言った。
『食べながら喋らないの』
「ごめんごめんっ」
『葵の方は、バスケ部一年生入ってきた?』
「うん!あのね、ひとりすっごくかっこいい子がいたの〜。マネージャーの仕事放棄しそうになるくらい」
そうだった…、葵はかなりのイケメン好きだったっけ。
「それにね、バスケもちゃんとうまいの。神は二物を与えないって言うけど、あれ絶対嘘だよね〜」
完璧な焼き加減の卵焼きをぱくっと口に入れて、幸せそうな顔をする。
「でも、その日向くんって子も気になるな〜。一度見てみたい」
『二股は駄目だよ』
「違う!そういうんじゃないの!
これはあくまで、《推し》だから」
『へえ?』
「胡桃ちゃん、冷たい!胡桃ちゃんって、考えてみると一途だよね」
私もそこには自信があった。今まで今の女子高生には珍しく初恋もしたことがないし、推しもいなかった。一目惚れなんかとは無縁だと思っていたのに。
どうして私、日向くんのことがあんなに気になるのだろう。
「やっぱり私、日向くんのことはいいや〜」
見ると、葵は何故かやけににやついている。
『なに?』
「ううん、なんでもなーい」
この唐揚げ美味しいなー、とか話題をあからさまに逸らす葵。
なんだかよくわからないけど、触れてほしくないらしい。
私はスマホを手放して、小さなウインナーをひとつ口に運んだ。
     ──────
湿った土の匂いがした。
遠くからやってくるのは、灰色の空。それがファインダーに入り込む前に、私はシャッターを押した。
「こんにちは、くるみちゃん」
一昨日のように、後ろから掛けられた声。窓から体を離して、暗い教室の方に振り返る。空のオレンジとのコントラストで目が痛かった。
「約束、したはずだよね?もうあの子に会わないって」
「うん、したよ」
「じゃあ、どういうつもりなの?同じ部活に入ったら、毎日のようにあの子に会うことになる」
「そうだね」
全く動揺しないその姿に、わたしのほうがたじろいでしまう。
「昨日、僕ここに来なかったでしょ?一日、考えてたんだ」
その思考を辿るように、ゆっくりと呟く。
「二度と会わないことが、君たちのためになるなら僕はそうした」
「だから、そう言って――」
「僕は、そうは思わない」
まっすぐに見つめられる。あの子が感じた違和感は、間違っていなかったのかもしれない。彼の瞳は、まるで色をわざと写してその裏にあるものを隠しているみたいな、虚構に感じられた。
「だって今の君たちは、あの頃みたいに心から笑ってくれてないでしょ」
「……それは、君が約束を破ったから」
すると彼は、ふっと笑って窓の枠に両腕を掛け、空を見上げた。
「じゃあ、見てて。僕が、君もあの子も、本当の笑顔にするから。それで約束を破った償いってことにしてくれる?」
償い?それをする必要があるのは、わたしの方だ。あの日、わたしは君から大切なものを奪った。もう二度と取り返しのつかないものを。
「――違う。償わなければならないのは、わたしで――」
「言わないで」
細く白い人差し指が、わたしの唇の前に立てられる。
「僕は、謝ってほしいんじゃない。そんなことのために、君に会いに来たわけじゃないよ」
ぽつ、ぽつ。
不意に、ぱらぱらと空から雫が落ちてきた。窓に水滴の跡が並ぶ。
「雨」
「急だね……」
日向は暗い空を見上げてつぶやいた。
もう行かなきゃ。あの子がでて来る前に。
「また明日、くるみちゃん」