部屋に入る許可を部長から貰い、カードキーを翳す。
ドアが開いた。ゆっくり音を立てないように開ける。内装は私と弥生ちゃんと部屋とそう変わらなかった。ふたつの布団のうち、一方は畳まれている。もう一方はまだ敷いてあって――。
「すぅ…すぅ……」
微かな寝息。胸までかかった布団、少し跳ねた髪。
その顔はどこか苦しげであり、私の中で不安が大きくなる。
ちょっとだけ、ごめんなさい。
声に出せずに呟いて、私は日向くんの額に触れる。
…うん、確かに、熱はないみたいだ。
「んん…」
その時彼の瞼が少し揺れて、私は急いで手を引っ込めた。
「あれ…くるみ、せんぱい…?」
いつもの溌剌としたものとは違い、どこかぼんやりした瞳が私を見つめる。
『ごめん、起こすつもりはなかったの』
「ん…えっと…あれ、なんで?ここに先輩が?」
徐々に頭が起きてきたのか、彼は体を起こして髪を手でくしゃりとやった。
『部長から、日向くんが具合悪くて部屋で寝てるって聞いたから』
心配で、なんていったら、ちょっと重いかな。どうしよう、なんで言えば…。
「わざわざ来てくれたんですか?ありがとうございます」
彼は特に変に思わなかったようで、笑顔を浮かべて言う。でもその顔も、声も、いつもより元気がない気がする。
「でも大丈夫です。きっと、少し寝れば治りますから」 
弱々しく思えて、つい口を挟む。
『体調悪いって、どんな風に?』
「あっ、えっと…」
珍しく言葉を濁す。
『ごめん。言いたくないなら別に』
「いや、ほんとに、大したことないんです。ちょっと頭痛がするだけ、で」
ふいに、彼は顔をしかめた。
大丈夫?
口が動く。声には出なかったけれど、伝わったみたいで頷いてくれた。
「大丈夫です。心配かけてごめんなさい、先輩」
ううん。首を横にふる。
『というか、私こそ休んでたところを起こしてごめんね。もう行くから。お大事に』
そう言うとすぐに立ち上がって、私はドアへ向かった。
「あっ、待って…」
背中から呼びかける小さな声。
振り返る。日向くんが、どこか泣きだしそうな顔で私を見ていた。
「あ…先輩、ひとつだけ、聞いてもいいですか?」
『いいけど…なにかあった?』
「えっと…」
言いかけて、躊躇うように口を閉じる。
しかしそれは一瞬で、彼はまた微かに口を開いた。
「カメラは、見つかりましたか?」
……え?カメラ?
カメラなら、今部屋にあるけど…。
『あっ、もしかして、遠足のときに言ったカメラのこと?』
確か小さい頃に亡くしたカメラの話を、遊覧船で日向くんにしたっけ。そんなこと、覚えていてくれたんだ。
『ううん。見つかってないけど…どうかしたの?』
すると日向くんは、安心したような、落胆したような、微妙な笑みを浮かべた。
「いえ、ならいいんです。来てくれてありがとうございました」
うん…。
部屋を出てからも、私は日向くんの言動がどうにも気になって、あまり新聞づくりに集中できなかった。
詮索しないと決めたからには、私の方からなにか聞くつもりはない。でも時折見える日向くんの危うさが、私の胸に不安を燻らせていた。