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「よかった、仲直りできて」
あっという間にまた訪れたオレンジ色の中、優菜ちゃんと別れたわたしは日向に庭に誘い出された。
「君が協力してくれたんでしょう?」
さっき優菜ちゃんが教えてくれた。あの子が部屋にいたとき、日向が来て事情を説明してくれたと。それまで名前を聞いて、なんとなく知っている名前だと思っていたのが確信に変わったから、あの子とまた話そうと思えたと。
「ごめんね、勝手なことをして。でも、くるみ先輩なら絶対仲直りしたいって言うと思ったから」
そうやってまた、自分勝手にあの子のことを語る。
でもわたしは前よりも、それに抵抗をおぼえなくなっていた。
「ね、行こう」
「え?」
どこに?と聞く前に、日向はわたしの手をとり歩き出す。
前を歩く彼の表情は見えないけれど、その声はいつもより少し低く響いた。

「まだ駄目だよ」
「はぁ、わかったからちゃんと手掴んでてよね。転んだら君のせいだから」
「はは、おっけー」
眼の前は真っ暗だ。それもそのはず、わたしは目を閉じててと言われ、日向に手を引っ張られて移動している。そこまで足元が悪くないからまだいいものの……。
「はい、到着!もういいよ」
目を開ける。すぐ前でまっすぐにわたしを見つめていた日向が悪戯っぽく笑ってわたしの視界から外れるようによけた。
「……わ」
その先は、想像もしなかった景色だった。
ゆったりと木々が立ち並ぶ小さな森。そこに一本だけ大きな広葉樹が根を張り、その影がおちる場所だけがぽっかりと開けている。
薄暗い空間には時折葉を透過して陽の光が舞い降りて来るけれど、それはあの子の苦手なあのオレンジ色ではなく、優しいクリーム色になっていた。
無意識にシャッターを押していた、そのカメラを持ったままで
後ろを振り返る。そこには石の小道が続いていて、わたしたちはそちらから来たことがわかった。そしてわたしの後ろには、日向がいる。
「ここなら、夕日もあんまり見えないかなって思って」
ちょっと不安そうに、大丈夫?と聞いてくる。
「向き合えって言うくせに」
「一個ずつって意味だよ。今日はもう十分頑張ったでしょ」
「わたしは何もしてないけどね」 
「そんなことない。くるみちゃんは先輩を影からサポートしてくれたよ」
見てもいないのに、そんな事をいう。それからわたしたちは、夕日が沈むまでずっと並んで座って話した。なぜかわたしもいつもより口数が多かった。
「星、見えるかな」
「曇ってるから見えないよ」
「え?」
帰るみちすがら、不意に日向が言って空を見上げた。さっきまで夕日が輝いていた空は、もう雲に覆われている。山の天気は変わりやすいと聞くけど、本当みたいだ。
「あ……。そっか」
一瞬、その顔から表情が失せた気がしたけれど、暗かったからかもしれない。
「っていうか、もうこんな時間だったんだ。早く帰らないと!」
手を取り走り出す日向に、振り回されてばかりいるわたし。
わたしはもうなんとなく、彼の隠していることがなんなのかわかっていた。
でもこれは、あの子が自分で知らなければ入れない事実だから。
ごめんね日向。もう少しだけ、待っていて。

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「あ!やっと帰ってきた」
鈴花先輩のその言葉にはっとする。あれ、私何してたんだっけ?
「すみません。先輩と森の方に行ってみたんです」
横で日向くんが言う。
そう、だったかな。そんな気もするような、しないような。
「構わないさ。まだ間に合うからな」
「間に合う?なにかありましたっけ」
小首を傾げる日向くん。
「ふふっ、聞いて驚け!なんと、今日の夕食は――」

多種多様な制服姿の生徒で溢れた川沿い。はしゃぐ声に交じってゆっくりと流れ行く川のせせらぎと、じゅうっと焼ける音。
「皆さん、そろそろ良さそうですよー」
恵くんがみんなを呼ぶ。私達翠清高校の生徒は思い思いに話すのをやめ、恵くんの方へ集まった。
「調理番ありがとうございます、恵先輩」
「いえいえ、全然いいですよ!」
弥生ちゃんが代表で謝ってくれたので、私もぺこりとお辞儀をする。
鈴花先輩が素早く私の紙皿に野菜やお肉をもっていく。
「はい、できた。くるみん遠慮するのは禁止ね」
は、はい。
次々にみんなが取っていくと、バーベキューの食材はあっという間にはけていった。追加の食材が焼かれていく最中、私は空を見上げた。旅館の方が、学生ならもっと盛り上がれるほうがいいだろうと気を遣ってくれて、ちかくの川沿いでバーベキューをすることになったそうだ。私と日向くんが出かけている間にみんなは着々と準備を進めていたみたいで、帰ったときにはもういくだけになっていた。でも一つだけ気がかりなのは天気だ。曇り空がずっと続いていて、今にも雨が降ってきそう。
「って、ひなたん焦げちゃってるよそれ」
「えっ、あ、ほんとだ!恥ずかしい……」
「なに、気にすることはない。誰にでも得意不得意はある!」
「そーだよ。部長なんか、文化祭の出し物のクッキー全部焦がしたことあるから、気にしない気にしない!」
「この感じ……〇〇のゲーム内イベントそっくりじゃないですか」
「はい!僕こういう青春な感じに
憧れてたんですよね」
楽しげな言葉が私の不安をかき消していく。焦らず今を楽しむ。ふと、遠足のときの日向くんの言葉を思い出した。
ずっと人からの言葉が怖かった。それと同じくらい、自分の言葉が怖かった。まだ、恐怖を全て拭い切れたわけでは無いけれど、今は。
「くるみ先輩!こっちに来て、みんなで写真取りましょう!」
日向くんが呼んでいる。
『写真なら、私の得意分野だね。任せて!』
私はつかの間の憩いを思い切り楽しむことにした。
うまく言えないけど、生きるってきっとこういうことの繰り返しで出来てる。