「あっ、胡桃さん!」
庭園に出ていた恵くんと落ち合う。
『ごめんね。もう大丈夫』
「そうですか。良かったです」
深く聞くことなく、恵くんは振り返る。
池の側では部長と鈴花先輩がなにか話している。
「あのふたり、なんかいい雰囲気ですよね」
私達だけに聞こえるように、恵くんが声を落として言う。
「え、付き合ってないんですか、部長と鈴花先輩」
「違いますよ!」
「そ、そうだったのですか。人間関係とは難しいものですね」
眼鏡を気まずそうに直して、弥生ちゃんはほんの少し頬を赤らめた。
「あ!くるみ先輩ー!」
声が厳かな庭に弾む。
駆けてくる足音に振り向いた。
「ここにいたんですね。すごく景色のいい場所を見つけたんです。写真、撮りにいきませんか?」
さっきのことなんてまるでなかったかのようにいつも通り接してくれるその笑顔が嬉しかった。
『うん、行こう!』
言葉は、難しい。でも私は、向き合いたい。これからの私が、自由に生きられるように。
『でも、その前に少しだけ待っててくれる?』

懐かしい背中とは全く違う、その後ろ姿を見つける。
私は意を決して、その肩に触れた。
「あっ、白川さん?」
『話したいことがあるんです』 
予め入力しておいた画面を見せると、優菜ちゃんの表情が変わる。
少し血の気の引いた肌。
「……私も、話したい事があるの、胡桃ちゃん」
そこにいたのは、確かに私の親友であった、優菜ちゃんだった。
「ごめんなさい!」
ロビーの椅子に座って開口一番、優菜ちゃんは頭を下げた。
私のことを覚えてくれていたことに驚く。
「私、胡桃ちゃんにあの時、酷いこといったよね。しかも、ついさっきまで忘れてたなんて……最低だよ」
目を伏せて謝る優菜ちゃんは辛そうで、やっぱり今まで忘れてくれていて良かったと思い直す。
こんなに苦しい思いを私が優菜ちゃんにこれまでずっと背負わせていたとしたなら、私は私を許せないだろうから。
『私も、ごめんなさい。今までずっと、優菜ちゃんのこと嫌いになってた。もし立場が逆だったら、私だって同じことを言ったかもしれないのに』
「そんなことない。胡桃ちゃんは、何も悪くないよ」
成長して、お互い違う人と出会って、違う経験をして。
それでも、今こうして会えて、また話せた奇跡を、私は無駄にしたくないから。
『優菜ちゃん。また私と、友達になってくれますか』
「……いいの?こんな私なんかと、また、話してくれるの?」
優菜ちゃんの目から、たった一筋光が零れる。
私はずっと、勝手に怯えていただけだったんだ。自分で自分を苦しめて、生きづらくしていた。ただ苦しみを乗り越え、向き合う強さを持てたなら、現実は思っているよりもずっと、優しくなるのかもしれない。
『もちろん!私こそ、喋れないのに、』
そこまで書いて、不意に体が温かくなる。
「ありがとう……!」
優菜ちゃんの私を抱きしめる手。
それは形こそ違っても、あの頃繋いでくれた温もりは変わらずそこにあった。