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部室から、階段を駆け上がる。もう日が傾いていた。逢魔が刻の校舎は、光と影の入り乱れた混沌とした空間。たった三十分ほどの空白が、()()()の時間だった。
教室のドアは、いつも重い。ガタガタと引き開けて、物置と化しているその空間に入り込む。窓から差し込むオレンジに、人の名残がきらめいていた。その埃に、空気を入れ換えようと窓を開ける。破れたカーテンが揺れて、わたしを束の間覆い隠す。遠くの方から迫る藍をちらりと一瞥して、わたしはレンズを空に向けた。液晶いっぱいにオレンジ色を塗りたくったように、夕焼けが収まる。
それは遠い日の罪の色。()が捨ててしまった記憶。ゆっくりと雲が揺らいで、夜が近づく。あの時もこうやって、オレンジ色を眺めていた。写真みたいに、時間を閉じ込められたなら、どう変わっていただろう。わたしも、あの人も、今頃もっと別の人生を歩んでいたかもしれないのに。
「くるみ先輩?」
閉めていたはずのドアが開いていた。そこに立っていたのは、今まさに考えていた人物。 
「あ、カメラの音がしたから……」
責めているような視線に感じたのだろう。申し訳無さそうに言ってくる。
「なんで、今更会いに来たの?」
一瞬目を丸くする。わたしが喋れることに驚いたのだろう。けれどすぐに目を伏せた。
「……それは」
「やっぱり、わたしを許せないんでしょう?」
「それは違っ――」
「いいんだよ。当然だから。悪いのはわたし。わたしが謝るから、どうかあの子には近づかないで」
彼は何も言わなかった。
その顔を、オレンジ色の光が照らしていた。
「あの子は今、記憶と声を代償にして生きてる。もし思い出したら、きっと壊れてしまう。だからお願い、もうあの子とは会わないで」
わたしは彼の目を見つめた。欠けた月のような、その双眸が揺らめく。
「……わ、かった……」
その時、不意に夜の匂いがした。このままここにいたら、あの子が来てしまう。
彼を置いて、街に夜の帳が降りるその前に、わたしは教室を離れた。