鬱陶しいほど晴れた7月のある日。
小さな駅から出た私達は、目の前の海に目を奪われた。
「わ〜凄い!きらきらしてるー!」
葵が感極まった感じで声を上げる。
いつもと違って、その大声を指摘する余裕もなく、私も呆気にとられてその光景を眺めた。
太陽に照らされて、宝石を散りばめたように青い一面がきらめく。
海のない市に生まれ育った私達からすると、それはまさに非日常だ。
テレビやスマホで見るのでは感じられない、照りつける太陽と夏のにおい。
「なんか、私達の街より涼しくて爽やかな感じがするね」
深呼吸して、葵がふと呟いた。
『うん。海が近いと、こんな感じなのかな』
「ね!将来は海辺の町に住むっていうのもありかもー」
海の見える家で、窓を開けて今みたいに深呼吸する葵を想像して、なんだか温かい気持ちになった。
「それでは、一度集まってください」
担任の先生の声を合図に、ついた生徒から順番にぞろぞろと集まって並びだす。
「………はい。全員いますね。じゃあ今から4時までは自由に過ごしてください。困ったことがあれば、先生に連絡するように」
言い終わる前に、皆がやがやと話し出す。
「胡桃ちゃん、私たちはどうしよっか?」
ちょっと首を傾げながら、頭では全く違うことを考えていて。自然と目線で、少し遠くにも集まっている人影を追う。
それは、日向くんのクラス。
そう、わたしたちのクラスは偶然、日向くんのクラスと遠足の行き先が被っていたのだ。
球技大会で優勝して、クラス多数決で決めた行き先だったけど、まさかこうも都合よく被るとは思っていなかった。
この遠足の目的は学年の枠に囚われず交流することなので、ひとつの行き先に3学年ひとクラスずつ行くことになっている。
3年のクラスも確認したら、なんと鈴花先輩のクラスだった。部長のクラスじゃなくてほんとにツイてる。
「ちゃん………胡桃ちゃん!聞いてる?」
はっとして横をみると、漫画みたいに頬をぷくっと膨らませた葵が仁王立ちしている。
意識せずこういう仕草をするから可愛げがあって微笑ましいんだよな。
私にもその可愛さを分けて欲しい。
『ごめんごめん。とりあえず、歩きながら考えよう』
私達はそのまま海岸線を歩くことにした。
「うーん、あっ、珍しい料理が出るカフェがあるみたいだよ。お昼はここにしよっか?」
『葵、もうお昼ご飯のこと考えてるの?』
「だって、お腹空いてきたんだもん」
『まだ朝の9時だよ』
そう言いながら、私は海の写真をカメラで取っていく。
私の場合、スマホはコミュニケーションに使うし、カメラのほうが慣れているので、カメラを別に持ってきている。
写真もいい感じに取れたけれど、実物をこうして目の前にしているとやっぱり別物だなと感じる。
「見て!あそこ、船があるよ」
船?見ると、遠くに船が止まっている。
砂浜が途切れたコンクリートの地面、白い小さな建物のすぐ横に船着場のようなものがあり、何人か船に乗り込んで行くのが見えた。
うん?あれは…。
「あ、あれって胡桃ちゃんの先輩じゃない?」
長い髪を高い位置でひとつに結ったその後ろ姿は、間違いなく鈴花先輩のものだ。
「声掛けて見ようよ! 」
あ、ちょっと!
引き止めるまもなく、葵はかけて行ってしまう。置いていく訳にも行かない。私も足早について行く。
「こんにちは!鈴花先輩ですよね?」
くるっと振り返った鈴花先輩は、潮風に弄ばれるポニーテールをものともせず、葵の声に目を見開いた。
「えっと、ごめん。どこかで会ったっけ?」
「あっ、私は─」
「ああっ、待って。思い出しそう。えっと、そうだ。くるみんの親友!」
「えっ、どうして知ってるんですか?」
「そりゃ、くるみんが君と撮った写真を見せびらかしてきたからに決まってるじゃん」
「く、胡桃ちゃん…!そんなに私のことを思ってくれているなんて!」
半歩後ろに待機していた私に勢いよく抱きついてくる葵。
鈴花先輩、余計なことをばらさなくてもいいのに。
恨みのこもった視線は潮風の如く躱された。
「2人とも、もしかして暇な感じ?」
「暇というか、何やろうかなって迷ってて」
すると、鈴花先輩はポンっと手を打った。
「じゃあ、ちょうどいいじゃん。今からうちらと遊覧船乗ろうよ」
「遊覧船?」
「ほら、あそこの建物で受付してるよ。空いてるからまだ行けると思うけど」
見ると、さっき見た白い建物の中はカウンターと小さな土産物屋があるみたいだった。
「行こ!胡桃ちゃん」
言い終わる前に私の腕を引っ張って歩き出す葵。さっきから振り回されてばかりだ、と思っている間に葵は受付を済ませてしまった。
「あれっ、くるみ先輩?」
いざ乗ってみると鈴花先輩の横には日向くんが。いつの間に?
「おっ、きたきた。どう?私なりに気を使って見たんだけど」
わざとらしいウインクをされる。
まさか、呼んだの?この一瞬で?
「えっと、なんか部活やるみたいに言われたんですけど…」
日向くん、可哀そうになってきた……。
『うん、ごめん。戻っていいよ。急に呼んでほんとにごめん』
友達と遊ぶ予定だっただろうに、これは不憫すぎる。
「え?」
『ほら、行って行って!』
私は日向くんの背中を押して、遊覧船から降りるよう促したが。
「それでは、出発いたしまーす」
時既に遅し。無情にも船は陸を離れて行くのだった。