──────
「一ヶ月ぶりだね、くるみちゃん」
どういう風の吹き回しだろう。わたしが八つ当たりした日から、一向にわたしには会いに来なかったのに。球技大会の次の日、まるでいつもの習慣のように姿を現した日向。
「もう来ないんじゃなかったの?」
「うん。そうしようと思ってた。でも――」
日向は、強い決意を秘めた目でこちらを見た。
「やっぱり僕、諦められない。くるみちゃんが……ううん。白川胡桃が、あの頃みたいに、心の底から笑う未来を」
希望を口にしたはずのその顔は、けれどどこか苦しそうで。
「くるみ先輩が言ってた。辛いって思わないように、考えないようにしてるって。でもそれは、辛くならないかもしれないけど、幸せでもないんだと思う。辛いの反対が幸せなわけじゃない。だから、僕、決めたよ」
そして、久しぶりの笑みを浮かべた。
「ふたりとも、幸せにする」
幸せ。そんな抽象的なものを約束するなんて、馬鹿げていると思った。でも何も言えなかったのは。
きっと、わたしは彼に期待していたからだ。再会して早々、「笑顔にする」とか言ってきて、決めつけた、適当なことばかりいってきて、それでもわたしは、彼がなにか変えてくれるんじゃないかと期待していたのだ。
わたしとあの子を救ってくれると。
「だから、前にした約束をちょっとレベルアップさせて、幸せにするって約束で、よろしく!」
そう言って、軽やかに笑う。
もう、今のままで十分だと思っていたのに。あの子が声と記憶を失くしたままでもいいと、思っていたはずなのに。
わたしは全然、苦しくなんかないと、思っていたかったのに。
彼と一緒にいると、わたしが自分についた沢山の嘘の防壁を崩されていくみたいだった。痛いのに、なぜだかいやじゃなくて。
「……うん。ありがとう」
零れ落ちた小さな音の振動を、彼はちゃんと受け取って頷いてくれた。