「よし、じゃあそれぞれ担当時間に取材よろしく!」
「りょー」
「「「はい!」」」
『はい』
鈴花先輩と、恵くんに日向くんに弥生ちゃん、それから私。
部員も集まった今、取材に向けての準備は万端だ。
今回の球技大会は、バスケ、卓球、サッカーの三種目で、一種目につき男女5人ずつ各クラスから約十人(交代も含めて)出場することになっている。
トーナメント戦で、最後に残ったグループは夏休み前の遠足の行き先を優先して選べるという権利が与えられる。
遠足と言っても、小学校みたいに並んで行くのではなく、場所について一度点呼したら集合時間まで自由行動という感じだ。
私達のクラスは去年、隣町の美術館だった。
「それにしても、丁度予定が合ってよかったですね、くるみ先輩」
『うん。そうだね』
あの時適当に決めてしまったけれど、よくよく考えれば自分の出る種目の間は取材できないのだから、予定が合うか確認しなければならなかった。
まあ偶然合っていたから良かったけれど。
私は卓球に、日向くんはバスケに出ることになっている。初戦が被らなかっただけで、勝ち進んだら流石に一緒に取材するのは難しいかもしれないけれど、そこは臨機応変に対応しよう。
「ええっと、初めはサッカーの試合ですね。早速行きましょうか」
私たちは、部長が出るサッカーの試合会場までやってきた。
「あっ、もう始まります」
私はカメラの準備をして、こくっと頷く。
かくして、始まった試合だったが──。
「ああ、しまった!俺としたことが、とんだミスを犯してしまったよ」
部長がコートのほぼ中央でかなり大きな声で嘆いている。
「相変わらず、直樹は運動音痴だな」
「敵にパスするとか、どうかしてるって〜」
3年の先輩たちが口々に罵る。その口調はとても責めるようなものではなく、からかう感じだったのに。
「なっ、何だと!?この土屋直樹が、サッカー如きで遅れを取る訳が無いだろう!」
まあ、予想通り部長は間に受けたようだ。
必死の健闘の末──。
部長のクラスは、見事に負けたのだった。
「どうだったかな?俺の勇姿は撮れたか?」
『ええ、ばっちりですよ』
私は日向くんにだけ見えるように、その写真を見せた。
それは試合中、部長が何も無いところで盛大にすっ転んでいる光景だ。
「ふっ、んん」
笑いそうになって咳払いで誤魔化す日向くん。
「いや、素晴らしい写真ですね〜。あっ、そろそろ鈴花先輩のバスケの時間ですよ。行きましょうくるみ先輩」
『じゃあ部長、これで』
「ああ、1年の試合になったら交代するからなー」
「くるみ先輩、意外と面白いですね」
『意外かな?割といつもふざけてるよ』
「えっ、あれで?」
そうこうしているうちに、バスケの会場である体育館についた。
「鈴花先輩のチームは……あ、あそこですね」
日向くんを指したほうを見ると、4つのコートのうち左上に鈴花先輩の姿があった。
「あっ、やっほ〜くるみんにひなたん。わたしの活躍、しっかり見ててよねー」
「はい!頑張ってください」
『あんまりやりすぎないでくださいね』
「あはは!!今年は大丈夫だって!」
そして試合が始まる。
「あの、やりすぎないでって?それに、今年は大丈夫って、何がですか?」
『それはね──』
と、その時鈴花先輩にボールが渡る。
『見てればわかるよ』
次の瞬間、先輩は目にも止まらぬ速さでディフェンスをかいくぐると、スリーポイントシュートと放ち──。
ボードに当たらず、それは吸い込まれるようにゴールへと入っていった。
「やったぁ!!」
「流石鈴花ちゃん!」
先輩のチームの人たちが歓声の声をあげ、観客も色めき立つ。
「ええっ、凄い……」
隣で日向くんが呆然とした様子で呟いた。
『鈴花先輩、運動神経いいから』
それからも、華麗にパスやシュートを決め──。
先輩のチームは見事勝利し、次の試合に進んだ。
「くるみんたちー、順調?」
首の汗をタオルで拭いながら、鈴花先輩が近づいてくる。
「はい!さっき、部長の試合をとってきました」
「あー、相変わらずドジでしょ、あいつ」
遠慮のない口調で鈴花先輩はいう。
「いや。あはは……」
「あっ。そうだ。勝ち進んだからわたし多分取材できないや。次は恵っちとくるみん出るし、ひなたんは部長とやよぴ呼んで皆で2年の試合見たら?」
「はい、そうします!」
『じゃあ私、そろそろ行くね』
「頑張ってください、くるみ先輩!」
日向くんが拳を胸の前でぎゅっと握って見せる。心拍数の高まりを隠すように、私も同じポーズで返して試合場所へ向かった。
場所は体育館二階、卓球台がずらりと並べられた部屋だ。
一対一、5人で交代しつつ最後に勝ちが多かったチームが勝利というわけだ。
「あっ、胡桃ちゃんこっちこっち!」
呼びかけられて見ると、葵がいた。
「部活お疲れさま〜」
『ありがとう』
「あー、なんかあたし緊張してきたかも〜」
彼女特有ののんびりした口調のせいでとてもそうは見えないけど。
まあ、適当にやって早く終わらせよう。
ちなみに、卓球だけは男子対女子になる場合もある。男女の力の差が出にくいからだそうだ。
「ていうか、やっぱり胡桃ちゃんのポニーテール姿、目の保養だよー」
『別にそんなことないって』
肩より少し下くらいまで伸びた髪は、いつもはおろしているけど体育のときはひとつに結っている。
「あっ、始まった!」
一人目は、卓球はあんまり自信ないと言っていた子だ。悩んでないといいな、と思っていたのだけれど。
「ああっ、駄目だ〜!」
「惜しかったね〜さなちゃん」
「大丈夫大丈夫!まだ一戦目だから、他の皆が取り返してくれるよ!」
チームの皆が口々に励ます。
『よかったよ、さなちゃん。今のは相手が悪かった』
「あっ、ありがとう胡桃ちゃん」
こうして2戦目は勝ち、3戦目は負け、4戦目、葵の出番だ。
『頑張って、葵』
「うん!絶対勝ってやるんだから!」
そして、相手のサーブから始まる。
「あっ、待って〜」
相手の生徒もなかなか上手く、実力は拮抗していたが……。
「やった!やったよ、胡桃ちゃん〜!」
僅かな差で勝った葵は、試合が終わるなりすぐに後ろの私に抱きついた。
いや、苦しいんですけど。そんな力どこからでてるんだ……。
『おめでとうだけど早く離れてよ。次私の番だから』
必死にスマホで文字を打つ。
「あっ、そっか、頑張れ胡桃ちゃん!」
とたとたっと離れていった彼女の代わりに卓球台の前に立つと…。
「あっ、胡桃さんじゃないですか!」
うん?
見ると、対面には見知った顔が。
えっ、ということは…私の対戦相手って…。
「おおっ、これは凄い!新聞部対決じゃないか!」
観戦席から部長の声が響き渡った。
対戦相手─恵くんとほぼ同時にそちらを向く。
「ち、ちょっと部長、声が大きいですよ!」
「今のは確実に、皆さんの観戦を害していたと思われます」
カメラ片手に慌てて部長の大声を指摘する日向くんと、部長の右隣で眼鏡をくいっとしながら冷静にツッコミを入れる弥生ちゃん。
うーん、5月にして既に、典型ができあっている。
恐るべし新聞部のキャラの濃さ……。
「……大丈夫ですかね……」
恵くんは律儀に心配する。
まあ、なんとかなるでしょう。ならなかったら、私達は知らぬ存ぜぬで切り抜けよう。
「えっと、じゃあいきますね、胡桃さん」
はい、準備はできてます。
私はラケットを構え直した。

「…………くるみ先輩、めっちゃ強いじゃないですか」
『いや、そんなことないけど』
割と接戦になったが、私達のチームは無事勝利を収めたのだった。
「あれ?卓球はちょっと間が開くんですね。次くるみ先輩が出るのは、30分も先ですよ」
『卓球は一試合に時間かかるからね』
他と違って個人戦×5なので、それなりに時間を要する。
「恵先輩は、連続で出るんですか?」
『所謂、最下位決定戦だね』
これで恵くんは撮影に回れないし、鈴花先輩は弥生ちゃんの方に行くことになっている。これから1年の試合が始まるから日向くんと弥生ちゃんも無理だ。とすると……。
『私と部長でやりますか……』
「なんでそんなに嫌そうなんだ?胡桃ちゃん」
『全然嫌じゃないですよ』
嫌に決まってるじゃないですか、部長となんて、さっきみたいに目立つことになりそうだし。
「じゃあ、僕と弥生さんは行きますけど……くるみ先輩、疲れてないですか?」
『え?なんで?』
「いや、さっきまであんな俊敏に動いてたから……」
いや、割と体力には自信があるし、声が出ないから、他のことはしっかりできなきゃ。
『大丈夫だよ。試合頑張って』
「そう、ですか。わかりました」
不安そうな顔をしながらも、離れていく日向くん。案外、心配性なのかもしれない。
「それでは、私も行きますね」
弥生ちゃんも試合へと向かった。
「さぁ、俺たちも向かおうではないか!」
『行きますから静かにしててください』
「なっ………」
部長と一緒なのは本当に最悪だけど、予定に反して運良く日向くんの試合が見られるようになっただけでもよしとしよう。って、私葵みたいになってない?
あっ。いた、日向くん。
黒いジャージの袖を少し捲っていて、いつも見えない白い腕が露わになっている。どくどくと自分の鼓動が聞こえた。これが、かっこいいってときめく感覚?
「胡桃くん?なにを笑っているんだ?」
言われて初めて、自分の口角が少し上がっていたことに気付いた。
『なんでもないです』
ピー。
けたたましいホイッスルの音。
ボールが高く投げ上げられた。
初めにそれを手にしたのは、日向くんじゃない方のチームだ。
と、一瞬の隙に日向くんがその懐に入り込む。
「なつ!」
そのまま勢いを殺さずボールを持って味方をパス。
「オッケー!」
呼びかけられた子が見事にキャッチし、ゴールへ放つ。
ガコンッ。
危なげもなく、そのボールはゴールに入っていった。
途端に周囲から黄色い悲鳴。
「きゃー!なつ君かっこいい!」
「日向くんの完璧なパスもやばい!」
「あの二人やっぱ最高!」
女子だけでなく、男子までべた褒めのところを見ると、あの二人はかなりの人気者らしい。
そして日頃から仲良くしていることがうかがえる息のあったプレーで、順調に点を稼いでいたのだけれど……。
「あーあ、駄目だったか……」
部長の呟きに、私もちょっと気分が下がる。
途中まで確実に勝てるだろうと思われた試合だったが、選手交代のあと追い抜かれてしまい……結局負けてしまった。
「あっ、くるみ先輩!と、部長」
「ついでみたいに言うんじゃない!」
「すみませんっ」
日向くんがちょっと笑いながら言った。うんうん、部長の扱い方を心得てきたみたいだ。
『残念だったね』
「あ、そう…ですね」
しかし、彼はちょっときょとんとしてあまり悲しそうではない。
「悔しくないのか?」
「いや、勝ちたかったですけど、楽しかったから別にいいかなーと思って」
意外とそこは割り切るタイプなんだ。もっと泣きそうな顔でもしてくるかと思っていた。
「くるみ先輩、そろそろ時間じゃ……」
くだらないことを3人で話していると、日向くんが不意に言った。
『そうだった。じゃあ行きますね』
「おう、頑張ってな」
『まあ、それなりに』
「先輩、無理しないでくださいね」
『ありがと』

「胡桃ちゃん!張り切っていこ〜!」
葵、テンション高いな……。
私は今回は3番目に出る予定だ。
「ここまで来たんだし、もう勝ちたいよねー」
「うん!」
「うちらなら絶対いけるって!」
「あ!あれやらない?あれ!」
あれ?
首を傾げて葵に尋ねると、いきなり手を取られる。なになに?
「ほら、こうやって皆も!」
私たちは手を重ね合い、円状に並ぶ。所謂、円陣というやつだ。
「絶対勝つよ!れっつごー!」
「おーー!」
ちょっと恥ずかしいけど……。こういうのも悪くないかも。青春って感じ。うん。やるからには、全力でやろう。

「やった、やったよ皆!勝ったよ!優勝だよーー!」
葵の声が高らかに響く。
「おおっ、凄い!流石胡桃くんのチームだな!」
「だから部長、声が大きいですって」
観客席には、部長と日向くんがいる。ちょっと行ってこようかな。

突然、視界がぐらりと傾いた。
咄嗟に近くの壁に手をつく。幸い、一瞬でそのめまいは治まった。
「胡桃ちゃん?どうかしたの?」
目ざとく気付いた葵が問いかけてくる。
『部長のところに行こうと思って』
適当に誤魔化す。ただでさえいつも声が出ない私を助けてもらっているのだから、変な心配はかけたくない。
「あっ。そっか〜。行ってらっしゃい」
笑顔でひらひらと手を振られた。
私はそのまま部長たちのところへ向かう。
「お疲れさまです、先輩」
「実によかったよ!特に最後の、あの──」
部長の声が遠ざかる。
また、一瞬視界が歪んで。
気付くと日向くんが、軽く背中を支えてくれていた。
「先輩?大丈夫ですか?」
大丈夫じゃないかも。熱中症にでもなったかな……。割と身体は丈夫だと思っていた自分が情けない。
頭に、くじ引きの文言が浮かぶ。
【体調に気をつけた方がいいかも!Sの人と組むと助けてくれるよ!】
これは、本当に怖いくらい当たっている。
部長は語りに夢中で気づいていないようだ。
なるべく、心配かけたくないし…。
「くるみ先輩、一旦、外出ましょう。ここは暑いですし……」
日向くんも熱中症を疑ったのか、そう勧めてくる。うん、今だったら私たちに注目している人もいないし、抜けても大丈夫だろう。
部長には悪いけど。
私はこくっと頷いて、日向くんに半ば支えられながら体育館を出た。
体育館を出た瞬間、いきなり身体から力が抜けて壁伝いにずるずると座り込む。
あれ、私こんなに体調わるい?自分でも驚きだ。
「先輩!保健室に……」
保健室か。怪我した人が沢山いそうだし、迷惑かな…。そこまで体調悪くないかもしれないし。
『大丈夫。ちょっと気が抜けただけだから』
そう返すも、足は全く動いてくれない。
困ったな……。こんなことは初めてで、少し心がざわつく。
「じゃあ、僕が運びますよ」
『いや、だから保健室は』
そこまで打って、声に遮られる。
「教室なら、いいですよね?」
そうして、屈み込んで私に背中を向ける。
えっ、これはまさかおんぶ?
そ、それはまずいんじゃあ……。
「すみません、でもこれしかないので」
うっ、確かに私は動けそうにないし…。
「今は周りに誰もいませんから」
言われて、あたりを見渡す。
球技大会だから、大体の人は体育館かグラウンドにいる。
廊下や教室で誰かに鉢合わせる可能性は限りなく低いように思えた。
じゃあ、お願いします……。
口パクでそう言うと、私は日向くんにサポートしてもらいながらなんとか背中に乗った。
「行きますね」
歩き出す。かわいいなと思っていたけど、その大きな背中につかまっていると日向くんも男の子だと再認識する。
今顔を見られたら、確実にアウトだろう。
そんなことを思っている暇もなく、心地よい揺れに瞼が閉じていき……。