「どう? ここの肉は美味しいでしょ?」

 女神は優しい顔でニコッと笑う。

「こんな美味しいお肉は前世でも食べたことないです!」

 ソリスはその極上の牛肉との邂逅(かいこう)にうっとりとしながら言った。

「もはや芸術品よねぇ。あの子が見つけたお店なのよ」

 女神は隣のテーブルで盛り上がって、ピッチャーを一気飲みしているシアンをチラッと見た。

 シアンは強いだけでなく、食文化についてもうるさいということらしい。しかし、生肉をそのまま食べるのはどうなのだろうか? ソリスは破天荒なシアンの振る舞いに苦笑する。

「シアンさんはなんだか特別な方……ですよね」

「そうなのよ。お気楽で好きな事しかやらなくて困っちゃうわ」

 女神は肩をすくめてふぅとため息をつく。

「あのぉ……」

「何?」

「世界を面白くさせるために、私たちをあの星に送ったってことですよね?」

「そうよ? あそこは絶対王政でガチガチでね、つまんない星なのよ」

 女神は口をとがらせ、美しい顔をゆがめた。

「王様がいるとダメですか?」

「みんなが勝手に楽しいことにチャレンジして、切磋琢磨するから文化文明って成長するのよ。王様のためのことだけしろって世界じゃ何も進歩しないわ」

 大きく息をつくと肩をすくめる女神。

「で、私たちに新たな価値観を持ち込んで欲しかった……と?」

「そうなんだけど、日本のコピー作ってもまたダメなのよ。だから、記憶はボカしてマインドだけ残しておいたのよ。ゴメンね」

 女神は少し申し訳なさそうにソリスの顔をのぞきこむ。

「あ、いや、そんな謝られなくても大丈夫です。転生していただいただけでうれしいので」

「でもまぁ、なかなか上手くいかないのよねぇ。まぁ……上手くいっているかどうかすらわかりようがないんだし」

 女神はため息をつくと、指先で宙をくるっと回した。指から放たれた黄金の微粒子がふわりと舞い、赤ワインの入ったグラスがポンッと現われる。

「こういう時にはワインよね」

 女神はグラスをクルクルっと回してそっと馥郁(ふくいく)たる香りを楽しみ……ニコッと微笑んだ。

「あのぉ……」

「何……?」

 女神は物憂げに赤ワインのグラスを傾け、一口含む。

「女神様が日本に来ているように、上位の方もどこかその辺に居たりはしませんか?」

「うーん、まぁ、いるかもしれないわね」

「その方を探して聞いてみる……とかは?」

「どうやって?」

 つまんなそうな視線をソリスに送る女神。

「えっ?」

「そんなのどうやって探すのよ?」

「それこそ上位の方ですから、きっと何か特別な事……やってますよね?」

「変な事やってる人は居ないわ。私の世界の十兆人全員調べたんだから」

 肩をすくめる女神。

「そうなんですね……。そう簡単には見つからないですよね……。この世界で一番変な事やっている人というと……シアン……さん?」

 ソリスはシアンを見ながら小首をかしげた。

「はははっ! あいつが上位神? だって、あの子のオムツ替えていたの私なのよ?」

 女神は笑い飛ばす。でも、ソリスにはシアンの異質さに、とても違うとは言い切れない感触を得ていた。むしろ、彼女が上位神だったらすべてが説明できるような気がしたのだ。

「でも……ですよ? そうやって送り込まれていたとしたら……」

 ソリスは女神の琥珀色の瞳をのぞきこむ

 女神のグラスを持つ手がピタリと止まった――――。

 見れば微かにワイングラスが震えている。

 そっとシアンの様子をジッと見つめる女神……。

 視線に気づいたシアンはニヤッと笑ってウインクしてくる。

 ふんっ!

 女神は不機嫌そうにワイングラスを一気にグッと傾けた。

「そうかもしんないわね。でも、認められないわ!」

 女神はグラスをガン! とテーブルに叩きつけるように置くと、ふっと消えていってしまった。

 あっ……。

 ソリスは手を伸ばしたが、後にはフワフワと舞う黄金の微粒子が渦を巻くだけだった。

 あらら……。

 ふぅと大きく息をつくとジョッキをグッとあおるソリス。

 この世界を統べる全知全能の女神と、それをチェックする上位神。そして不思議な師匠、シアン。宇宙の神秘に関わる存在たちと不思議な縁を持った自分の数奇な運命に、ソリスは頭がパンクしそうだった。