ソリスはふらふらと歩きながらボス部屋を出た。そこには巨大な水晶柱が青く幻想的な光を放ちながらゆっくりと回っている。転移魔法が施されたポータルだった。
「今日は一旦帰ろう……。さすがに死にすぎたわ……」
ソリスは疲れ切った様子で大剣を背中の鞘にしまうと、よろよろとポータルへと歩み寄る。彼女の手が青白い光を放つクリスタルに触れた刹那、空間が歪み、次の瞬間、ダンジョンの入口に並ぶポータル群の前に転送された。
ヴゥン……。
「え!?」「ま、まさか……」「これは……?」
ソリスの登場に、ポータル前に集まっていた人たちはざわめいた。たくさんの冒険者たちが、誰が出てくるのかと待ち受けていたのだ。
轟炎大蛇が倒されたことにより、しばらく地下二十階の扉は開かなくなる。それは二十階の入り口へのポータルの輝きが消えることにより分かるようになっていた。冒険者たちは誰かが二十階を突破したことを知り、それが一体どのパーティなのか興味津々に、それぞれ予想を言いながら待ちわびていたのだ。
轟炎大蛇のレベルは推定70である。これを倒すとしたらAランクなら三人パーティ、Bランクなら六人パーティが必要なのだ。それなのにうだつの上がらないアラフォーの女剣士が一人で現れた。ソロで倒したとしたらもはやSランク冒険者ということになってしまうが、それはどう考えてもあり得ないことだったのだ。
どよめく人たちに、ソリスはニヤリと笑うと轟炎大蛇の真紅に輝く巨大な魔石を掲げた。
これかしら?
一瞬の静けさの後、大歓声が巻き起こる。
「おぉ!」「す、凄いぞ!」「うわぁ!」
みんなの熱狂に誇らしげに叫ぶソリス。
「轟炎大蛇は華年絆姫が討ち取った! 明日は三十階ボスの首を獲る!!」
おぉぉぉぉ!
皆、盛大な拍手でソリスの健闘をたたえ、また壮大な決意にエールを送った。
多くの冒険者にとって二十階は鬼門だった。二十階を超えさえすれば美味しい階が続くのだが、超えられるものなど一握りでしかなかった。だからみんないつかは二十階を超えてやると思いながら日々ダンジョンで戦い、鍛えているのだ。
それに、このアラフォーパーティは先日死者を二人も出して壊滅したはずだった。それなのに、遺志を継いでソロで二十階の難敵に勝ったのだ。それがどれだけ困難で辛いことかは冒険者であれば誰でも痛いほど分かってしまう。
金髪の女僧侶はタッタッタと駆け寄ると、涙ぐみながらソリスの手を取る。
「お、おめでとう……。神の祝福のあらんことを……」
この女僧侶は先日二人を看取った若い女の子だった。彼女は二人を助けられなかったことが気がかりだったのだが、それを乗り越えて大躍進をしているソリスを心から祝福する。
「ありがとう……」
ソリスはその気持ちが嬉しくて女僧侶にぎゅっとハグをした。自然とあふれ出る涙を拭うこともなく、ソリスは失った二人の友を静かに偲ぶ。
冒険者たちはソリスの痛みに心を寄せ、沈黙のうちに敬意を表して次々と黙とうしていく。
うっ、うっ、うっ……。
しばらくの間、ただソリスの嗚咽だけが響いていた。
◇
ソリスが街の冒険者ギルドに戻ってくると、予想外の盛大な拍手で迎えられた。
「ソリスさん、おめでとうございます!」
若く可愛い受付嬢がニコニコしながら駆け寄って祝福してくれる。ソリスは恥ずかしそうに頭をかきながら頭を下げた。こんなことはいまだかつて一度もなかったのだ。
「おめでとう!」「よかったな!」「すごいぞー!」
みんな拍手でソリスの偉業を祝福する。
ソリスはそっと目頭を押さえると、こぶしをグッと突き上げた。
「よーし! 今日は私のおごりよ! みんな飲んで!」
うぉぉぉぉぉ! やったー!
ギルドは大歓声に包まれる。
ギルド併設のバーのおばちゃんは、ニヤッと笑うとソリスにサムアップして見せて、ジョッキに次々とビールを注ぎ始めた。
冒険者たちは次々とおばちゃんの前に列を作り、入れていくそばからジョッキを奪っていく。
「御馳走になりまーす!」「いただきまーす!」
ソリスもジョッキを受け取ると上機嫌に高く掲げた。
「いいよいいよ! じゃんじゃん飲んで! 華年絆姫のおごりよ! カンパーイ!」
「華年絆姫にカンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
その日は夜遅くまでにぎやかに盛り上がった。
『安全第一』を徹底してきたソリスは、今まで奢られることはあっても奢るようなことは一切なかったのだ。初めて恩返しできたような気がして、にぎやかに盛り上がる若者たちを目を細めて眺めていた。
「君たちも飲んで……」
ソリスはテーブルに二人分の陰膳を据える――――。
喪われた二人を想い、寂しそうに微笑みながら二人のジョッキにコツン、コツンとジョッキを合わせた。
◇
翌朝、まだ酒の残る頭でソリスはダンジョンへと赴いた。
ギルドからは事情聴取をしたいと言われていたのだが、自分はこれから五十階を目指すのだ。説明はその時に一気にやってしまいたいので、無理言って来週に延期してもらった。
ポータルで地下二十階の出口まで飛んで、地下二十一階からスタートする。
美味しいエリアと言われるだけあって二十階台はモンスターの強さに比べて出てくるアイテムや魔石は高価な物になる。
ソリスは軽快に飛ばしながらたくさんの魔石を回収し、昼前にはついに地下三十階に到達した。
ここのボスを倒せば実質歴代最高記録に並ぶことになる。華年絆姫の名がギルドの銘板に刻まれるのだ。
しかし……。
入り口の巨大な扉の前でソリスは足が止まった。
過去のボス戦がそうであったように、ここでも何度も殺されるのだろう。ソリスはその胸をえぐる見通しにブルっと身を震わせると、思わず胸を押さえ、うつむいた。
「今……、行かなくても……、よくない?」
二十階台を周回するだけで一生お金には困らないし、それなりに評価もされるだろう。ここで切り上げたって誰にも文句など言われない。
今まで切り詰めた暮らしをしてきたから身なりもショボいし、安い物しか食べてこなかった。この辺りでいったん休憩を入れて少し華やかなコーディネートで、美味しい物ももっと色々食べてゆっくりしてもいいのではないだろうか? 今、倒す必要などないのでは?
ソリスのなかで悪魔のささやきがこだまして、思わずゴクリと唾をのんだ。
「今日は一旦帰ろう……。さすがに死にすぎたわ……」
ソリスは疲れ切った様子で大剣を背中の鞘にしまうと、よろよろとポータルへと歩み寄る。彼女の手が青白い光を放つクリスタルに触れた刹那、空間が歪み、次の瞬間、ダンジョンの入口に並ぶポータル群の前に転送された。
ヴゥン……。
「え!?」「ま、まさか……」「これは……?」
ソリスの登場に、ポータル前に集まっていた人たちはざわめいた。たくさんの冒険者たちが、誰が出てくるのかと待ち受けていたのだ。
轟炎大蛇が倒されたことにより、しばらく地下二十階の扉は開かなくなる。それは二十階の入り口へのポータルの輝きが消えることにより分かるようになっていた。冒険者たちは誰かが二十階を突破したことを知り、それが一体どのパーティなのか興味津々に、それぞれ予想を言いながら待ちわびていたのだ。
轟炎大蛇のレベルは推定70である。これを倒すとしたらAランクなら三人パーティ、Bランクなら六人パーティが必要なのだ。それなのにうだつの上がらないアラフォーの女剣士が一人で現れた。ソロで倒したとしたらもはやSランク冒険者ということになってしまうが、それはどう考えてもあり得ないことだったのだ。
どよめく人たちに、ソリスはニヤリと笑うと轟炎大蛇の真紅に輝く巨大な魔石を掲げた。
これかしら?
一瞬の静けさの後、大歓声が巻き起こる。
「おぉ!」「す、凄いぞ!」「うわぁ!」
みんなの熱狂に誇らしげに叫ぶソリス。
「轟炎大蛇は華年絆姫が討ち取った! 明日は三十階ボスの首を獲る!!」
おぉぉぉぉ!
皆、盛大な拍手でソリスの健闘をたたえ、また壮大な決意にエールを送った。
多くの冒険者にとって二十階は鬼門だった。二十階を超えさえすれば美味しい階が続くのだが、超えられるものなど一握りでしかなかった。だからみんないつかは二十階を超えてやると思いながら日々ダンジョンで戦い、鍛えているのだ。
それに、このアラフォーパーティは先日死者を二人も出して壊滅したはずだった。それなのに、遺志を継いでソロで二十階の難敵に勝ったのだ。それがどれだけ困難で辛いことかは冒険者であれば誰でも痛いほど分かってしまう。
金髪の女僧侶はタッタッタと駆け寄ると、涙ぐみながらソリスの手を取る。
「お、おめでとう……。神の祝福のあらんことを……」
この女僧侶は先日二人を看取った若い女の子だった。彼女は二人を助けられなかったことが気がかりだったのだが、それを乗り越えて大躍進をしているソリスを心から祝福する。
「ありがとう……」
ソリスはその気持ちが嬉しくて女僧侶にぎゅっとハグをした。自然とあふれ出る涙を拭うこともなく、ソリスは失った二人の友を静かに偲ぶ。
冒険者たちはソリスの痛みに心を寄せ、沈黙のうちに敬意を表して次々と黙とうしていく。
うっ、うっ、うっ……。
しばらくの間、ただソリスの嗚咽だけが響いていた。
◇
ソリスが街の冒険者ギルドに戻ってくると、予想外の盛大な拍手で迎えられた。
「ソリスさん、おめでとうございます!」
若く可愛い受付嬢がニコニコしながら駆け寄って祝福してくれる。ソリスは恥ずかしそうに頭をかきながら頭を下げた。こんなことはいまだかつて一度もなかったのだ。
「おめでとう!」「よかったな!」「すごいぞー!」
みんな拍手でソリスの偉業を祝福する。
ソリスはそっと目頭を押さえると、こぶしをグッと突き上げた。
「よーし! 今日は私のおごりよ! みんな飲んで!」
うぉぉぉぉぉ! やったー!
ギルドは大歓声に包まれる。
ギルド併設のバーのおばちゃんは、ニヤッと笑うとソリスにサムアップして見せて、ジョッキに次々とビールを注ぎ始めた。
冒険者たちは次々とおばちゃんの前に列を作り、入れていくそばからジョッキを奪っていく。
「御馳走になりまーす!」「いただきまーす!」
ソリスもジョッキを受け取ると上機嫌に高く掲げた。
「いいよいいよ! じゃんじゃん飲んで! 華年絆姫のおごりよ! カンパーイ!」
「華年絆姫にカンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
その日は夜遅くまでにぎやかに盛り上がった。
『安全第一』を徹底してきたソリスは、今まで奢られることはあっても奢るようなことは一切なかったのだ。初めて恩返しできたような気がして、にぎやかに盛り上がる若者たちを目を細めて眺めていた。
「君たちも飲んで……」
ソリスはテーブルに二人分の陰膳を据える――――。
喪われた二人を想い、寂しそうに微笑みながら二人のジョッキにコツン、コツンとジョッキを合わせた。
◇
翌朝、まだ酒の残る頭でソリスはダンジョンへと赴いた。
ギルドからは事情聴取をしたいと言われていたのだが、自分はこれから五十階を目指すのだ。説明はその時に一気にやってしまいたいので、無理言って来週に延期してもらった。
ポータルで地下二十階の出口まで飛んで、地下二十一階からスタートする。
美味しいエリアと言われるだけあって二十階台はモンスターの強さに比べて出てくるアイテムや魔石は高価な物になる。
ソリスは軽快に飛ばしながらたくさんの魔石を回収し、昼前にはついに地下三十階に到達した。
ここのボスを倒せば実質歴代最高記録に並ぶことになる。華年絆姫の名がギルドの銘板に刻まれるのだ。
しかし……。
入り口の巨大な扉の前でソリスは足が止まった。
過去のボス戦がそうであったように、ここでも何度も殺されるのだろう。ソリスはその胸をえぐる見通しにブルっと身を震わせると、思わず胸を押さえ、うつむいた。
「今……、行かなくても……、よくない?」
二十階台を周回するだけで一生お金には困らないし、それなりに評価もされるだろう。ここで切り上げたって誰にも文句など言われない。
今まで切り詰めた暮らしをしてきたから身なりもショボいし、安い物しか食べてこなかった。この辺りでいったん休憩を入れて少し華やかなコーディネートで、美味しい物ももっと色々食べてゆっくりしてもいいのではないだろうか? 今、倒す必要などないのでは?
ソリスのなかで悪魔のささやきがこだまして、思わずゴクリと唾をのんだ。