「それ、さっきも言っていたけど、どんな感じなの?」
「どんなって……。未奈は、ぺトリコールって言葉、聞いたことある?」

 彼の言葉に、私は黙って首を横に振る。

「じゃあさ、夏の暑い日のプールサイドの匂いって分かる?」
「ん〜、なんかムワッとした感じのやつ?」

 彼の質問で、私の鼻腔を夏の独特の匂いが掠めた気がした。

「そう。さっきは、そのムワッとしたやつをとても薄くした感じの匂いがしたんだ」
「ふ〜ん? それが、ペト……何だっけ?」
「ペトリコール。雨の降り始めに感じる匂いのことをそう呼ぶんだ。乾燥した空気中のカビや排ガスを含む埃、それから、植物が出す油なんかと水が混ざった時にあの独特の匂いが発生するんだ」
「水と混ざって? それって雨が降ってってことだよね?」
「うん。そうだね」

 彼の説明に、私は軽く首を傾げる。

「でも、颯斗は雨が降ってくる前に匂いがするって言ってたと思うけど、それはどうしてなの?」

 私の疑問に、彼は軽やかに答えをくれる。

「ペトリコールは気体だからね。どこか別の場所で水と反応して生まれた匂いが、風に乗って運ばれてくるのさ」
「ふ〜ん」

 私は、またパンケーキを一口食べる。

 彼は私の知らない事をいつもサラリと答えてくれる。そう、今みたいに。

 だけど……

 今日の彼はいつもと少し違う。なんだか、いつもよりも少しだけ饒舌な気がする。パンケーキを食べながらチラリと彼の顔を見る。彼はどことなく嬉しそうにしながら、いつの間にか勢いを増して激しく窓を打ち付ける様になった雨を見ている。

 その時、ゴロロロと外で物凄い音がした。ドキリと心臓が跳ねる。思わず首を竦めた。

 雷だ。

 私の反応を目の端に捉えたのか、彼は窓から目を離すと私を覗き込むようにして見る。そして、フォークを握っている私の手を包むようにして上からポンポンと優しく叩いた。

「大丈夫。音だけだから。雷は全然遠いよ」
「……うん」

 私は気持ちを落ち着けるためにカップへと手を伸ばし、コクリコクリと飲み下す。それから、大きくハァと息を吐き出した。

 雷は苦手だ。あの大きな音を聞くだけで、胸がドキドキとして不安に駆られる。そして、いきなり光る稲光。どうしてそんなに私を驚かせるのか。恨めしく思い、ついつい窓を睨みつける。すると、間髪入れずに雷様にゴロロロロと威嚇されてしまった。

 眉根を寄せて歯を食いしばる。すると、彼がまた優しく手をポンポンと叩く。

「気にするから、怖いと思うんだよ」