私は息を切らしながら彼に問いかける。その問いかけに彼は前を向いたままぶっきらぼうに答えた。

「もうすぐ雨が降る」
「えっ?」

 彼の言葉に思わず空を見上げる。

 相変わらずの青空だ。しかし言われてみれば、向こうのほうの空には先ほどまではなかった黒い雲がじんわりと広がっているようだった。

「どうしてわかるのっ?」
「匂いがしたんだ」
「匂いっ?」
「そう。雨の匂い」
「雨の匂いっ?」

 息を切らした問いに彼は無言で頷くと、そのあとはもう何も言わず、ずんずんと先を急ぐ。

 彼に遅れまいと懸命に歩き、目当てのハワイアンカフェにはあっという間に着いた。立ち止まった途端、ジトリとした湿気が全身に纏わり付いてきた。重だるい空気が気持ち悪い。早足で歩いてきたために汗も噴き出してきて、不快感に拍車をかける。

 少しでも涼しさを求めて手のひらで自身を仰ぐ。乱れた呼吸を整えようと一度大きく空気を吸い込んだ時、視線が空へと向いた。先ほどまでそこにあった夏空は、いつの間にやら黒い雲に飲み込まれていた。

 私の隣に立つ彼も空を見上げてから、大きく息を吐く。

「ふぅ。間に合った」

 そう言いながらニコリと私に笑いかける彼は、もういつもの彼だった。

 店の扉を押し開けて中に入ると、陽気な音楽が店内に鳴り響いていた。その音楽に負けじと底抜けに明るい「いらっしゃいませ〜」と言う声とともに、太陽もビックリのキラッキラの笑顔で女性店員が直ぐに案内へとやってくる。

「お二人様ですか〜?」というちょっと鼻にかかった明るい声に頷くと、「あちらのお席へどうぞ〜」と窓際の席を勧められた。

 上から下まで全面ガラス張りの窓際の席は、晴れていれば太陽の光が燦々と降り注ぎ、とても開放的な気分になれそうだ。

 しかし、ちょうど席についた時ポツポツと雨が窓を叩き出した。

「雨、降ってきたよ。この後、近くのコンビニで傘を買わなくちゃね」

 席に座りながら何気なく彼に声をかけると、彼はニコリと笑った。

「じきに、晴れるさ」
「そうなの?」

 そんな会話をしていると店員が注文を取りに来た。私がアレコレと悩んでいると、彼が優しくアドバイスをくれる。

「パンケーキをゆっくりと食べたらいいさ。食べ終わる頃に、雨は上がるだろうから」
「え? うん。じゃあ……トロピカルパンケーキで」

 注文を終えたタイミングで新しい入店者があり、店員は「いらっしゃいませ〜」とまた底抜けに明るい声を張り上げて、私たちの席を離れていった。