「あら、お帰りなさい、カイン」
「ミルティアの魔力残滓か。無事会えたみたいだな。相変わらず、俺の娘は最恐可愛いかっただろう」
俺が突然出現したのに、ミルティアの両親は大して驚くでもない。俺がここを出てから約五年という歳月が経ったはずなのに、何事もなく出迎えてくれた。
おじさんのドヤ顔は解せないが。
「お、カインじゃん。里帰りか? お帰り」「つうか何だよ、ボロボロだな。ミルティアにやられたのか? まあ俺の妹は最恐だからな。あ、お帰りー」
ちょうど兄達も外から帰ってきたタイミングにでくわしたらしい。二人もまた、口々に出迎えてくれた。
この家の人間は皆変わらず軽い。
そして皆……お帰り、と……。
「まあまあ、どうしたの、カイン」
「へ?! どうした?! 腹でも痛いのか?!」
気がつけば涙が溢れてきた。でもおじさん、俺は腹が痛いくらいでは泣かない。
「いや、親父。これは女に騙されたんだよ! うちの子騙すなんてやるじゃないか!」
いや、うちの子って、長兄はいつから俺の保護者になったんだ。やるじゃないかって、架空人物を勝手に作って褒めるな。
「なに!? 騙してくる女と出会えただけでも羨ましいぞ! ちょっと俺も騙されてくる!」
次兄、俺はそもそも騙されていない。騙されたくなるとか、女日照りの末期症状じゃないのか? 大丈夫か、こいつ。おいこら待て! 騙されに行くな!
おばさん以外、やっぱりここの男達の感覚がおかしい。
けれど……温かい。いつの間にか俺にとって、この人達こそが家族となっていたんだと改めて感じる。何で今まで気がつかなかったんだろう。
「ただいま、皆」
何年も気を張って暮らしていたせいだろう。泣き笑いしながら、そのまま気を失い、三日も眠りこけるとは思っていなかった。
目が覚めたら、状況がとんでもなく変わっていた。
まず死の森が解放された。瘴気で充満していたはずが、完全に浄化されていたらしい。
ギルドの預かりになり、この森に隣接する二つの国へ橋渡しする事が決まっていた。
当然、当初は二国間で激しい権利の主張があった。だが災害級冒険者が魔竜の討伐と浄化を行った土地の為、表向きはすぐに両者共にギルドに従った。
もちろん争いは水面下で起こると予想された。
しかし現実にはそうならなかった。
俺を裏切っていたあの三人が、砂まみれの状態で冒険者ギルドに忽然と転移。そこにS級冒険者のミルティアも転移した。
ミルティアは三人が金に目がくらんで仲間殺しの依頼を請け負った証拠を、冒険者達の注目を浴びるその場で突きつけた。
証拠書類の中にある依頼人の名前も読み上げたらしい。
同じパーティー内に所属する冒険者の殺害依頼を持ちかけるのは、違法な依頼の中でも御法度とされている。
更にはその依頼理由だ。完全に私怨だった上に、依頼主は貴族の中でも最高位の公爵とその実弟、王族籍を持つ王太子。国としては余計に体面も、今後の冒険者ギルドとの付き合い的にもまずい。
だが俺は事の子細を聞くまで、すっかり忘れていた。依頼人の一人である王太子が、まだ王子だった頃だ。
俺が辺境領に移り暮らす前、自分の駒になれと言われた。正直、無知な俺でも察した。
つまり、いつでも切り捨てられる駒になれ。そう暗に言われたんだ。
秒で断わったんだが、どれだけ執念深いんだ。
その時の恨みを持ち続けた挙げ句、俺が冒険者として剣聖という二つ名を得た事。それが許せなかったと聞いた時は、逆恨み怖いなと本気でぞっとした。
異母兄達の理由は言わずもがなだ。
未だに父である前公爵が、俺の籍を貴族籍から抜こうとしない事が許せなかった。
これに関しては、ミルティアが初対面で言い放った言葉を思い出して、胸を抉られる思いがした。
もし俺が真剣に、父上へ貴族籍から抜くようかけ合っていれば……。
異母兄が元王太子と共に社会的な信用を呆気なくが失墜する事はなかっただろう。
彼らの父親である国王と前公爵は、我が子達の身分を剥奪し、国外追放処分を下した。俺が目覚めるまでの、僅か数日の出来事だ。
砂まみれでギルドに転移した三人は、その日の内に冒険者登録を永久剥奪された。
これに関しては何も憂いを感じない。
冒険者としての禁忌を、自らの意志で犯したからだ。もし俺があの三人と、いわゆる共依存の関係ではなく、対等な関係を築けていたらと考えさせられたとしても……。
その後三人は各所で暴漢に襲われ、相次いで亡くなったと知るのは、もっとずっと後の事。
同じ冒険者の私刑としか考えられない。噂を聞いた時は、さすがに胸が痛んだ。
だが目覚めてから聞かされた話で一番驚いたのは、ミルティアがS級冒険者として俺の後見人登録をした事だった。
S級冒険者が後見した冒険者を、私怨で害する事は絶対的に許されない。
S級の実力者の目をかい潜るのは至難の業だ。もしそうなれば、冒険者ギルドであっても、冒険者としてギルドに縛るのが難しくなる。更に報復される可能性もあるんだろう。
しかもS級冒険者ミルティアの知名度は、この一件でかなりの爆上がりだ。
仮にばれればその人間が所属する国の信用も揺らぐ。冒険者ギルドは国への貢献を拒否し兼ねない。
そうして俺は呑気に眠っていた間に、浄化された死の森を巡って起こる国同士の争いからも、ズルズルと籍を置いていた公爵家からも守られた。
最後にミルティアの両親は、俺が倒れた時に俺の懐から落ちた、自分達宛の手紙をミルティアには内緒だと言って見せてくれた。
「ミルティアの魔力残滓か。無事会えたみたいだな。相変わらず、俺の娘は最恐可愛いかっただろう」
俺が突然出現したのに、ミルティアの両親は大して驚くでもない。俺がここを出てから約五年という歳月が経ったはずなのに、何事もなく出迎えてくれた。
おじさんのドヤ顔は解せないが。
「お、カインじゃん。里帰りか? お帰り」「つうか何だよ、ボロボロだな。ミルティアにやられたのか? まあ俺の妹は最恐だからな。あ、お帰りー」
ちょうど兄達も外から帰ってきたタイミングにでくわしたらしい。二人もまた、口々に出迎えてくれた。
この家の人間は皆変わらず軽い。
そして皆……お帰り、と……。
「まあまあ、どうしたの、カイン」
「へ?! どうした?! 腹でも痛いのか?!」
気がつけば涙が溢れてきた。でもおじさん、俺は腹が痛いくらいでは泣かない。
「いや、親父。これは女に騙されたんだよ! うちの子騙すなんてやるじゃないか!」
いや、うちの子って、長兄はいつから俺の保護者になったんだ。やるじゃないかって、架空人物を勝手に作って褒めるな。
「なに!? 騙してくる女と出会えただけでも羨ましいぞ! ちょっと俺も騙されてくる!」
次兄、俺はそもそも騙されていない。騙されたくなるとか、女日照りの末期症状じゃないのか? 大丈夫か、こいつ。おいこら待て! 騙されに行くな!
おばさん以外、やっぱりここの男達の感覚がおかしい。
けれど……温かい。いつの間にか俺にとって、この人達こそが家族となっていたんだと改めて感じる。何で今まで気がつかなかったんだろう。
「ただいま、皆」
何年も気を張って暮らしていたせいだろう。泣き笑いしながら、そのまま気を失い、三日も眠りこけるとは思っていなかった。
目が覚めたら、状況がとんでもなく変わっていた。
まず死の森が解放された。瘴気で充満していたはずが、完全に浄化されていたらしい。
ギルドの預かりになり、この森に隣接する二つの国へ橋渡しする事が決まっていた。
当然、当初は二国間で激しい権利の主張があった。だが災害級冒険者が魔竜の討伐と浄化を行った土地の為、表向きはすぐに両者共にギルドに従った。
もちろん争いは水面下で起こると予想された。
しかし現実にはそうならなかった。
俺を裏切っていたあの三人が、砂まみれの状態で冒険者ギルドに忽然と転移。そこにS級冒険者のミルティアも転移した。
ミルティアは三人が金に目がくらんで仲間殺しの依頼を請け負った証拠を、冒険者達の注目を浴びるその場で突きつけた。
証拠書類の中にある依頼人の名前も読み上げたらしい。
同じパーティー内に所属する冒険者の殺害依頼を持ちかけるのは、違法な依頼の中でも御法度とされている。
更にはその依頼理由だ。完全に私怨だった上に、依頼主は貴族の中でも最高位の公爵とその実弟、王族籍を持つ王太子。国としては余計に体面も、今後の冒険者ギルドとの付き合い的にもまずい。
だが俺は事の子細を聞くまで、すっかり忘れていた。依頼人の一人である王太子が、まだ王子だった頃だ。
俺が辺境領に移り暮らす前、自分の駒になれと言われた。正直、無知な俺でも察した。
つまり、いつでも切り捨てられる駒になれ。そう暗に言われたんだ。
秒で断わったんだが、どれだけ執念深いんだ。
その時の恨みを持ち続けた挙げ句、俺が冒険者として剣聖という二つ名を得た事。それが許せなかったと聞いた時は、逆恨み怖いなと本気でぞっとした。
異母兄達の理由は言わずもがなだ。
未だに父である前公爵が、俺の籍を貴族籍から抜こうとしない事が許せなかった。
これに関しては、ミルティアが初対面で言い放った言葉を思い出して、胸を抉られる思いがした。
もし俺が真剣に、父上へ貴族籍から抜くようかけ合っていれば……。
異母兄が元王太子と共に社会的な信用を呆気なくが失墜する事はなかっただろう。
彼らの父親である国王と前公爵は、我が子達の身分を剥奪し、国外追放処分を下した。俺が目覚めるまでの、僅か数日の出来事だ。
砂まみれでギルドに転移した三人は、その日の内に冒険者登録を永久剥奪された。
これに関しては何も憂いを感じない。
冒険者としての禁忌を、自らの意志で犯したからだ。もし俺があの三人と、いわゆる共依存の関係ではなく、対等な関係を築けていたらと考えさせられたとしても……。
その後三人は各所で暴漢に襲われ、相次いで亡くなったと知るのは、もっとずっと後の事。
同じ冒険者の私刑としか考えられない。噂を聞いた時は、さすがに胸が痛んだ。
だが目覚めてから聞かされた話で一番驚いたのは、ミルティアがS級冒険者として俺の後見人登録をした事だった。
S級冒険者が後見した冒険者を、私怨で害する事は絶対的に許されない。
S級の実力者の目をかい潜るのは至難の業だ。もしそうなれば、冒険者ギルドであっても、冒険者としてギルドに縛るのが難しくなる。更に報復される可能性もあるんだろう。
しかもS級冒険者ミルティアの知名度は、この一件でかなりの爆上がりだ。
仮にばれればその人間が所属する国の信用も揺らぐ。冒険者ギルドは国への貢献を拒否し兼ねない。
そうして俺は呑気に眠っていた間に、浄化された死の森を巡って起こる国同士の争いからも、ズルズルと籍を置いていた公爵家からも守られた。
最後にミルティアの両親は、俺が倒れた時に俺の懐から落ちた、自分達宛の手紙をミルティアには内緒だと言って見せてくれた。