今日の天気は雨模様。どんよりとした天気にあたしの気分は沈んでいた。あたしは大学受験の為に予備校に通っている。来年には受験を控えているのである。天気が悪いと成績も落ち込みそうな気分になる。しかも雨のせいで電車が遅延している。最悪である。予備校に着くと
「「詩織、こんにちは」」
予備校で知り合った二人の女友達が挨拶してきた。あたしも挨拶をした。そして、時間ギリギリの為、挨拶以上の会話をする間もなく、それぞれの授業を受けるクラスに向かった。
授業が終わると休憩の合間に、その女友達と会話をしていた。
同じ学年の杉谷和彦が鳳華中央大学を目指していると聞いたのは、そんな梅雨の時期であった。
「杉谷君、今回も成績上位だね?第一志望の大学に確実に合格するんじゃない?」
「杉谷君か。あまり話したことないけど、確実に合格するってどこの大学が第一志望なのか知ってるの?」
「あの鳳華中央大学の文学部だよ。見た目が良いし、頭の中も良いよね。ただ一人でいることが多くて話しかけづらいから、あまり会話をしたことがないけど、講師の先生と話してるのが、たまたま私の耳に聞こえてきて知ったよ」
「へー、あたしと同じ大学で上位か。あたしももっと勉強を頑張って判定を上げないとなぁ」
ジメジメとした雨空であるが、内心あたしは嬉しさのあまり興奮した。片想いだけど好きな人と同じ大学なんて運命的。そうあたしは思った。
予備校に通っていると、それぞれの事情があり予備校の二人の女友達と授業の日にちが合わないで、一人でいる時もある。そんな時に一人で授業を受けている時であった。その時は時間に余裕があり早めにきて勉強をしていた。すると隣の席に男性が座ったようであった。男性が隣に来ると何となく警戒してしまう。あえて目を向けずに気づいていないかのようにテキストに目を通している。
「三ノ輪さん、こんにちは」
突然声を掛けられてびっくりした。声の主の方に目をやると杉谷君がどうやら今来た所だったらしく、鞄を机の上に置き勉強道具を取り出し始めた。私はすぐに我に返り
「こんにちは」
緊張のあまり挨拶しか出来なかった。せっかくの会話のチャンスだったのに。そして、二人並んで授業を受ける。隣に片想いの人が座っているためか、講師の先生の言葉が今日は耳に入りづらい。授業が終わると杉谷君は
「お疲れ様。それじゃあまたね」
「うん、お疲れ様」
そう言って彼は帰って行った。
それ以来、予備校ではたまに顔を合わせては少し話をするが、席が隣になることはなかった。
梅雨も終わり、日差しが暑い初夏の日曜日のことであった。自転車で本屋に問題集を買いに行った帰り道。気分転換に近所を流れる川の土手を走っていた。すると鉄道橋の所に白っぽい自転車が置いてあり、人が座って本を手にしているようであった。この暑い中で読書をしていると思われる変わり者が、どこかで見たことあるような服を着ていたので、ブレーキをかけて自転車を止めた。じっくりと凝視してみると杉谷君であった。
家が近所とは知らなかった。あたしが予備校に電車で通っていて、彼も電車で通っているようであったので当然家の場所は別々と思っていた。
あたしは奇跡的な出会いに喜び自転車を土手の端に止めて、杉谷君にバレないようにこっそりと近づいた。
「杉谷君。こんにちは。ここで何をしてるの?」
突然の言葉に彼は反射的に身体をビクッとさせて、目を見開き驚いていた。だが、すぐにあたしとわかるなり返事をしてくれた。
「勉強だけど?」
「こんな暑い所で?予備校の自習室の方が涼しくて良くない?」
そう言いながら彼の隣に座った。
「川の水が流れる音が好きなんだよ」
「噂に聞いたけど、杉谷君は鳳華中央大学が第一志望だって?あたしと同じだね」
「へー、三ノ輪さんもなのか。何学部を受けるの?」
「文学部だよ。杉谷君は?」
「俺も文学部。理数系はどうも苦手でね」
「ああ、わかる気がする。あたしも自分で理数系は無理って思った」
二人で苦笑した。これを機に彼と少しでも仲良くなりたい。あたしはからかい気味に
「一緒に受かろうね。二人とも受かったらお祝いにデートをしよう」
自分で言っておきながら今更照れ臭い。デートという言葉に反応した彼は
「ええ?デートって」
突然のことに杉谷君が動揺している。焦る彼に
「男女二人で出かけることを世間一般的にデートっていうでしょ?普通の言い方じゃない?」
引かれないように言葉を付け足した。この言葉は自分が期待しすぎないようにと、あたし自身に保険を掛けた言葉でもあった。
だが、お互いに目が合ってしまった。何故か目をそらせない。少しの間、時が止まったかのように真剣な眼差しで見つめ合った。そして杉谷君の頬が紅潮しているのがわかる。きっとあたしの頬も紅潮しているだろう。むしろ耳まで真っ赤になるほど初夏の暑さとは違う熱を感じる。あたしは我に戻り
「じゃあ、勉強の邪魔しちゃ悪いからそろそろ行こうかな。勉強頑張ってね」
そう言うと座っていた護岸石から立ち上がる。自転車に戻り際に背後から声がした。
「あ、ああ、またね」
彼も緊張していたようで、言葉に詰まっていた。
あたしは土手の上に止めておいた自転車を漕ぐと、涼しい風が顔に当たった。その風で熱くなった顔を冷まそうとした。
家に帰り自分の部屋に行くと、買った参考書をその辺に投げ出し、着替えもせずベッドに飛び込むようにうつぶせに寝転んだ。枕に顔を埋めて彼との先ほどのやり取りを思い出す。照れ臭さのあまりに顔から火が出そうだった。そして着替えもせずにベッドに寝転んだために自分の服装を思い出した。近所の本屋に行くだけの恰好だったから変な格好じゃなかったかな?と思わず自分の服装を今更ながら確認する。ギリギリ大丈夫だろうとほっと安心した。
顔の火照りが冷めると冷静になり、先ほどの約束が有効であるならば、同じ大学に合格しないと話にならない。そう思い立ち上がり先ほど買った問題集を取り出して机に向かった。
予備校に行くと廊下で杉谷君の姿が見えた。この前のことを思い出し緊張する。深呼吸をして杉谷君に寄って行く。
「杉谷君。こんにちは」
照れ臭さが出ないようになるべくポーカーフェイスを装った。
「こんにちは」
挨拶を返してくれたが、挙動はどことなく恥ずかしそうであった。そして二人で一緒に教室に向かう。一緒に向かったので自然と机も隣になった。引かれるのではないかと心配していたが意識をしてくれているような彼の態度に嬉しさを感じた。
授業が終わり帰る時、杉谷君に言ってみた。
「ねえ、杉谷君ってあたしの家の近所っぽいけど一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
そう言う彼の表情は嬉しそうに見えた。
電車に乗る。残業のサラリーマンがお疲れのようで椅子に座り寝ている。あたしたちが座れそうな場所がなかった。吊革に掴まることになったがあたしの身長だとギリギリだった。電車が揺れるとちょっときつい。それに彼が気づいたのか
「嫌じゃなかったら俺の腕に掴まってくれていいから」
顔をあたしの方に向けずに照れ臭そうに囁いた。あたしはありがとうと言いながらドキドキしつつ彼の腕にしがみついた。思わず恥ずかしさで俯いてしまう。周囲の目が急に気になった。彼とあたしはどう見えているのであろう?友達?恋人?そんなことを考えていると家の最寄り駅に着いた。お互いに緊張していたのか電車内では終始無言であった。改札を出て駅前の駐輪場に行き自転車を出した。さすがに近所といえども方向は違った。それじゃあまたと挨拶をしてお互いに帰路についた。
それからというものは、どちらから言ったわけでもなく、当たり前のように一緒に授業を受け、当たり前のように一緒に帰ることになった。
やがて一月になり共通テストが終わった。後は前期日程試験を受けるのみである。
予備校の授業の休憩中に杉谷君と共通テストの自己採点の報告をお互いにした。杉谷君はさすがに予備校で上位成績という結果を出しているので自信はあったようだ。あたしの方というと正直ギリギリ合格位と思っている。その報告に杉谷君はなんと声をかけるべきかわからないという表情をしていた。そして微笑みながら優し気に言う。
「きっと大丈夫だよ。三ノ輪さんの努力は俺がそばで一番見ていてよく知っているから」
その言葉に励まされた。もっと頑張って一緒の大学に行くんだということを再決意した。
日曜日にあたしは朝早く神社にお参りに行った。もちろん受験合格祈願である。藁にもすがる思いで近所の神社をいくつかまわりお祈りした。すると神社で杉谷君の姿を見つけた。あたしは声をかけた。
「おはよう。杉谷君も神頼み?杉谷君なら合格確実じゃない?」
「三ノ輪さんおはよう。普段の成績が良くても本番が上手くいくとは限らないからね。俺の分だけじゃなく、三ノ輪さんの分も願っておいたよ」
その言葉に微笑する。あたしのことを気にかけてくれていたのが嬉しかった。少しだけ話をして、神頼みだけでなく自分たちでも努力をしようと、お互いの家に帰り勉強をすることにした。
そして二月の前期日程試験日になった。忘れ物がないかと入念に確認をして家を出る。試験会場に着くと他のライバルたちを目の当たりにして緊張した。こんな時に杉谷君が一緒だったら緊張もほぐれただろうけど、彼の邪魔になるようなことはしたくなかったので、待ち合わせはしなかった。彼もその考えだったようで向こうからも特に何も約束はしてこなかった。受験票を取り出し試験会場を確認する。部屋に入ると既に来ている人たちは勉強をしていた。私は自分の席に着き、負けじと気合を入れつつ最後の確認のための勉強をした。試験が始まった。静寂した試験会場の中、問題を解いていく。予備校のヤマが当たっている所が多く、自分の予想よりもスラスラと問題を解いていくことが出来た。
試験が全て終わると気力を使い果たしたせいかぐったりとした。疲れたので寄り道はせずに真っ直ぐ家に帰ることにした。
合格発表の日。杉谷君とは約束をせずに別々に発表を見に行くことにしている。受験の暗黙の了解である。お互いが同じ結果になるならまだしも、一人が合格をしてもう一人が不合格になると、せっかく合格した人の喜びを複雑な心境にせざる負えない。あたしは電車に乗り合格発表を見に行った。学校が近づくにつれて緊張が高まる。学校の門をくぐると合格発表掲示板と思われるところには人が群がり、喜んでいる人や泣いている人がいる。
あたしはあのどちらに分類されるのだろうかと不安を抱えつつ掲示板に歩み寄る。受験票で番号を確認して掲示板と見比べる。心の中であたしの番号あって。と祈りながら自分の番号を探す。そして自分の受験番号と同じ番号を見つけた。嬉しさのあまりに涙が出た。少しの間その嬉しさをかみしめてから手帳にメモした番号を探す。予めに杉谷君とお互いに番号を教え合っていたのだ。片方が合格して片方が不合格だった場合の報告がしづらいからである。メモの番号を探す。そして彼の番号も見つけた。嬉しかった。彼に電話を掛けたい喜びがあったが、彼の喜びを半減させると悪いと思いやめておいた。自宅で結果の報告を待っている家族にだけ連絡を入れて家に帰った。
次の日、予備校に報告することになっていたので向かった。すると杉谷君も報告に来ていた。私は喜びを隠せず
「すっぎたっに君。合格おめでとう」
「三ノ輪さんも報告に来てたのか。三ノ輪さんも合格おめでとう」
そして予備校の担当講師に二人の合格の報告を終えると、あたしたちは一緒に帰った。
電車の中で会話をする。
「じゃあ、合格したし約束のデートをしようか」
あたしがそう言うとあたしと一緒にいることが多くなっていた彼は恥ずかしげもなく
「そうだね。俺と一緒にデートしよう」
あたしの頬が熱くなった。
約束のデート当日。服を選ぶのに時間がかかってしまった。慌てて家を飛び出して待ち合わせの場所に行く。待ち合わせの場所に彼の姿が見えた。
「ごめーん。待った?」
「いや、俺も今し方来た所」
「じゃあ行こうか」
そう言うと彼が恥ずかしそうにあたしを静止させた。疑問に思い尋ねる。
「どうしたの?」
「言っておきたいことがあるんだけど……」
「何?」
「俺と付き合って下さい。今までは受験があったから言えなかったけど、受験が終わったからやっと言えた。今までずっと我慢してたんだ」
その言葉を聞き、まだ寒い季節なのに心がポカポカする。
「はい。あたしも杉谷君のことが好きでした。よろしくお願いします」
そう返事をしてあたしは彼と手を繋いだ。彼の温もりが伝わってきた。
「「詩織、こんにちは」」
予備校で知り合った二人の女友達が挨拶してきた。あたしも挨拶をした。そして、時間ギリギリの為、挨拶以上の会話をする間もなく、それぞれの授業を受けるクラスに向かった。
授業が終わると休憩の合間に、その女友達と会話をしていた。
同じ学年の杉谷和彦が鳳華中央大学を目指していると聞いたのは、そんな梅雨の時期であった。
「杉谷君、今回も成績上位だね?第一志望の大学に確実に合格するんじゃない?」
「杉谷君か。あまり話したことないけど、確実に合格するってどこの大学が第一志望なのか知ってるの?」
「あの鳳華中央大学の文学部だよ。見た目が良いし、頭の中も良いよね。ただ一人でいることが多くて話しかけづらいから、あまり会話をしたことがないけど、講師の先生と話してるのが、たまたま私の耳に聞こえてきて知ったよ」
「へー、あたしと同じ大学で上位か。あたしももっと勉強を頑張って判定を上げないとなぁ」
ジメジメとした雨空であるが、内心あたしは嬉しさのあまり興奮した。片想いだけど好きな人と同じ大学なんて運命的。そうあたしは思った。
予備校に通っていると、それぞれの事情があり予備校の二人の女友達と授業の日にちが合わないで、一人でいる時もある。そんな時に一人で授業を受けている時であった。その時は時間に余裕があり早めにきて勉強をしていた。すると隣の席に男性が座ったようであった。男性が隣に来ると何となく警戒してしまう。あえて目を向けずに気づいていないかのようにテキストに目を通している。
「三ノ輪さん、こんにちは」
突然声を掛けられてびっくりした。声の主の方に目をやると杉谷君がどうやら今来た所だったらしく、鞄を机の上に置き勉強道具を取り出し始めた。私はすぐに我に返り
「こんにちは」
緊張のあまり挨拶しか出来なかった。せっかくの会話のチャンスだったのに。そして、二人並んで授業を受ける。隣に片想いの人が座っているためか、講師の先生の言葉が今日は耳に入りづらい。授業が終わると杉谷君は
「お疲れ様。それじゃあまたね」
「うん、お疲れ様」
そう言って彼は帰って行った。
それ以来、予備校ではたまに顔を合わせては少し話をするが、席が隣になることはなかった。
梅雨も終わり、日差しが暑い初夏の日曜日のことであった。自転車で本屋に問題集を買いに行った帰り道。気分転換に近所を流れる川の土手を走っていた。すると鉄道橋の所に白っぽい自転車が置いてあり、人が座って本を手にしているようであった。この暑い中で読書をしていると思われる変わり者が、どこかで見たことあるような服を着ていたので、ブレーキをかけて自転車を止めた。じっくりと凝視してみると杉谷君であった。
家が近所とは知らなかった。あたしが予備校に電車で通っていて、彼も電車で通っているようであったので当然家の場所は別々と思っていた。
あたしは奇跡的な出会いに喜び自転車を土手の端に止めて、杉谷君にバレないようにこっそりと近づいた。
「杉谷君。こんにちは。ここで何をしてるの?」
突然の言葉に彼は反射的に身体をビクッとさせて、目を見開き驚いていた。だが、すぐにあたしとわかるなり返事をしてくれた。
「勉強だけど?」
「こんな暑い所で?予備校の自習室の方が涼しくて良くない?」
そう言いながら彼の隣に座った。
「川の水が流れる音が好きなんだよ」
「噂に聞いたけど、杉谷君は鳳華中央大学が第一志望だって?あたしと同じだね」
「へー、三ノ輪さんもなのか。何学部を受けるの?」
「文学部だよ。杉谷君は?」
「俺も文学部。理数系はどうも苦手でね」
「ああ、わかる気がする。あたしも自分で理数系は無理って思った」
二人で苦笑した。これを機に彼と少しでも仲良くなりたい。あたしはからかい気味に
「一緒に受かろうね。二人とも受かったらお祝いにデートをしよう」
自分で言っておきながら今更照れ臭い。デートという言葉に反応した彼は
「ええ?デートって」
突然のことに杉谷君が動揺している。焦る彼に
「男女二人で出かけることを世間一般的にデートっていうでしょ?普通の言い方じゃない?」
引かれないように言葉を付け足した。この言葉は自分が期待しすぎないようにと、あたし自身に保険を掛けた言葉でもあった。
だが、お互いに目が合ってしまった。何故か目をそらせない。少しの間、時が止まったかのように真剣な眼差しで見つめ合った。そして杉谷君の頬が紅潮しているのがわかる。きっとあたしの頬も紅潮しているだろう。むしろ耳まで真っ赤になるほど初夏の暑さとは違う熱を感じる。あたしは我に戻り
「じゃあ、勉強の邪魔しちゃ悪いからそろそろ行こうかな。勉強頑張ってね」
そう言うと座っていた護岸石から立ち上がる。自転車に戻り際に背後から声がした。
「あ、ああ、またね」
彼も緊張していたようで、言葉に詰まっていた。
あたしは土手の上に止めておいた自転車を漕ぐと、涼しい風が顔に当たった。その風で熱くなった顔を冷まそうとした。
家に帰り自分の部屋に行くと、買った参考書をその辺に投げ出し、着替えもせずベッドに飛び込むようにうつぶせに寝転んだ。枕に顔を埋めて彼との先ほどのやり取りを思い出す。照れ臭さのあまりに顔から火が出そうだった。そして着替えもせずにベッドに寝転んだために自分の服装を思い出した。近所の本屋に行くだけの恰好だったから変な格好じゃなかったかな?と思わず自分の服装を今更ながら確認する。ギリギリ大丈夫だろうとほっと安心した。
顔の火照りが冷めると冷静になり、先ほどの約束が有効であるならば、同じ大学に合格しないと話にならない。そう思い立ち上がり先ほど買った問題集を取り出して机に向かった。
予備校に行くと廊下で杉谷君の姿が見えた。この前のことを思い出し緊張する。深呼吸をして杉谷君に寄って行く。
「杉谷君。こんにちは」
照れ臭さが出ないようになるべくポーカーフェイスを装った。
「こんにちは」
挨拶を返してくれたが、挙動はどことなく恥ずかしそうであった。そして二人で一緒に教室に向かう。一緒に向かったので自然と机も隣になった。引かれるのではないかと心配していたが意識をしてくれているような彼の態度に嬉しさを感じた。
授業が終わり帰る時、杉谷君に言ってみた。
「ねえ、杉谷君ってあたしの家の近所っぽいけど一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
そう言う彼の表情は嬉しそうに見えた。
電車に乗る。残業のサラリーマンがお疲れのようで椅子に座り寝ている。あたしたちが座れそうな場所がなかった。吊革に掴まることになったがあたしの身長だとギリギリだった。電車が揺れるとちょっときつい。それに彼が気づいたのか
「嫌じゃなかったら俺の腕に掴まってくれていいから」
顔をあたしの方に向けずに照れ臭そうに囁いた。あたしはありがとうと言いながらドキドキしつつ彼の腕にしがみついた。思わず恥ずかしさで俯いてしまう。周囲の目が急に気になった。彼とあたしはどう見えているのであろう?友達?恋人?そんなことを考えていると家の最寄り駅に着いた。お互いに緊張していたのか電車内では終始無言であった。改札を出て駅前の駐輪場に行き自転車を出した。さすがに近所といえども方向は違った。それじゃあまたと挨拶をしてお互いに帰路についた。
それからというものは、どちらから言ったわけでもなく、当たり前のように一緒に授業を受け、当たり前のように一緒に帰ることになった。
やがて一月になり共通テストが終わった。後は前期日程試験を受けるのみである。
予備校の授業の休憩中に杉谷君と共通テストの自己採点の報告をお互いにした。杉谷君はさすがに予備校で上位成績という結果を出しているので自信はあったようだ。あたしの方というと正直ギリギリ合格位と思っている。その報告に杉谷君はなんと声をかけるべきかわからないという表情をしていた。そして微笑みながら優し気に言う。
「きっと大丈夫だよ。三ノ輪さんの努力は俺がそばで一番見ていてよく知っているから」
その言葉に励まされた。もっと頑張って一緒の大学に行くんだということを再決意した。
日曜日にあたしは朝早く神社にお参りに行った。もちろん受験合格祈願である。藁にもすがる思いで近所の神社をいくつかまわりお祈りした。すると神社で杉谷君の姿を見つけた。あたしは声をかけた。
「おはよう。杉谷君も神頼み?杉谷君なら合格確実じゃない?」
「三ノ輪さんおはよう。普段の成績が良くても本番が上手くいくとは限らないからね。俺の分だけじゃなく、三ノ輪さんの分も願っておいたよ」
その言葉に微笑する。あたしのことを気にかけてくれていたのが嬉しかった。少しだけ話をして、神頼みだけでなく自分たちでも努力をしようと、お互いの家に帰り勉強をすることにした。
そして二月の前期日程試験日になった。忘れ物がないかと入念に確認をして家を出る。試験会場に着くと他のライバルたちを目の当たりにして緊張した。こんな時に杉谷君が一緒だったら緊張もほぐれただろうけど、彼の邪魔になるようなことはしたくなかったので、待ち合わせはしなかった。彼もその考えだったようで向こうからも特に何も約束はしてこなかった。受験票を取り出し試験会場を確認する。部屋に入ると既に来ている人たちは勉強をしていた。私は自分の席に着き、負けじと気合を入れつつ最後の確認のための勉強をした。試験が始まった。静寂した試験会場の中、問題を解いていく。予備校のヤマが当たっている所が多く、自分の予想よりもスラスラと問題を解いていくことが出来た。
試験が全て終わると気力を使い果たしたせいかぐったりとした。疲れたので寄り道はせずに真っ直ぐ家に帰ることにした。
合格発表の日。杉谷君とは約束をせずに別々に発表を見に行くことにしている。受験の暗黙の了解である。お互いが同じ結果になるならまだしも、一人が合格をしてもう一人が不合格になると、せっかく合格した人の喜びを複雑な心境にせざる負えない。あたしは電車に乗り合格発表を見に行った。学校が近づくにつれて緊張が高まる。学校の門をくぐると合格発表掲示板と思われるところには人が群がり、喜んでいる人や泣いている人がいる。
あたしはあのどちらに分類されるのだろうかと不安を抱えつつ掲示板に歩み寄る。受験票で番号を確認して掲示板と見比べる。心の中であたしの番号あって。と祈りながら自分の番号を探す。そして自分の受験番号と同じ番号を見つけた。嬉しさのあまりに涙が出た。少しの間その嬉しさをかみしめてから手帳にメモした番号を探す。予めに杉谷君とお互いに番号を教え合っていたのだ。片方が合格して片方が不合格だった場合の報告がしづらいからである。メモの番号を探す。そして彼の番号も見つけた。嬉しかった。彼に電話を掛けたい喜びがあったが、彼の喜びを半減させると悪いと思いやめておいた。自宅で結果の報告を待っている家族にだけ連絡を入れて家に帰った。
次の日、予備校に報告することになっていたので向かった。すると杉谷君も報告に来ていた。私は喜びを隠せず
「すっぎたっに君。合格おめでとう」
「三ノ輪さんも報告に来てたのか。三ノ輪さんも合格おめでとう」
そして予備校の担当講師に二人の合格の報告を終えると、あたしたちは一緒に帰った。
電車の中で会話をする。
「じゃあ、合格したし約束のデートをしようか」
あたしがそう言うとあたしと一緒にいることが多くなっていた彼は恥ずかしげもなく
「そうだね。俺と一緒にデートしよう」
あたしの頬が熱くなった。
約束のデート当日。服を選ぶのに時間がかかってしまった。慌てて家を飛び出して待ち合わせの場所に行く。待ち合わせの場所に彼の姿が見えた。
「ごめーん。待った?」
「いや、俺も今し方来た所」
「じゃあ行こうか」
そう言うと彼が恥ずかしそうにあたしを静止させた。疑問に思い尋ねる。
「どうしたの?」
「言っておきたいことがあるんだけど……」
「何?」
「俺と付き合って下さい。今までは受験があったから言えなかったけど、受験が終わったからやっと言えた。今までずっと我慢してたんだ」
その言葉を聞き、まだ寒い季節なのに心がポカポカする。
「はい。あたしも杉谷君のことが好きでした。よろしくお願いします」
そう返事をしてあたしは彼と手を繋いだ。彼の温もりが伝わってきた。