「もちろん、先にどうするか皇貴妃に伝えておいて下さっても、下さらなくとも構いません。お嫌でしたら沙龙を催さなくてもよろしいのです」
渋る陛下に続けます。
「得られる結果が、その程度のものになるだけ。私はあくまで餌として入宮しましたが、餌をどう使うかはそちらの自由。元より丞相には丞相のお考えもあって、私を入宮させたのですから。そして丞相の首で済む範囲であれば、私は基本的に餌を演じながら自由に過ごして良い。そう契約書に書かれております。求められれば助言も金の延べ棒分は致します。ですがそれをどう活かすかもまた、そちらの自由ですから」
ニコリと微笑み、懐から延べ棒四本をチラリと見せます。今朝、陛下が私に情報提供を願った分と、皇貴妃からの謝罪のお気持ちです。
「はっ。もしや今日渡した延べ棒があったから……」
「ええ。馬蹄銀が一つ上乗せされましたね。その分の働きも加味して話しております」「「「守銭奴娘……」」」
ん? 後ろからも?
振り返ると、キリリとした真顔の護衛……。
少し教育が必要ですね。まあ今は良いのですが。
「私からすれば、寧ろ私を使わず助言も活かしていただけない方が得なのですよ。ついでに後宮から追い出していただけるなら、なお良し。後宮に来て早々に、それなりの役割は果たしているのですから。それに私の両親も、陛下との婚姻など望んでおりませんでしたし」
それを聞いてギクリと体を強張らせる夫に、苦笑する丞相。その様子で両親も何かしらの手を打ってくれた事を察します。
どうやら今世の両親は、今までで一番親らしい親かもしれません。あの二人の娘で良かったです。
「特にこの話を父から聞かされた母は、父を磔の刑に処しました。三日三晩、不眠不休で恨み言を吐き続けたくらいです」
「……それはそれで、どうかと思うぞ」
些か引いた目を私に向けられても困りますよ、陛下。
まあ昨日のお昼には両親にも文を送りましたし、商人の基本は行動力です。あ、うちの両親は貴族で、領主夫妻でしたね。
「それには私も同意します。四日目に突入した朝は、流石に母に眠り薬を盛りました。父の仕事が滞ってしまいましたからね。それをあと二回繰り返したのですから、睡眠不足で胡家が滅ぶかと危ぶんだくらいです」
「どれだけお前の母親は父親に鬼気迫っておるのだ。というかお前の父親は不眠不休だったのか?」
「当然です。このようにしょうもない縁談を持って来ておいて、一週間かそこらで自由を与える? 母と私の恨み事が消化されないではありませんか。それでも十日目には粥と仮眠を一時間差し上げた私は、優しい娘ですね」
「皇帝との縁談がしょうもない……」
「優しさの基準が低すぎませんか。飲まず食わずで不眠不休の十日間ですか。死にますよ」
諸悪の根源たる丞相に言われるとは心外です。しょうもない夫のぼやきを素通りしてしまいます。
「それくらい私も、生家も、この婚姻は嫌でしたし、今も嫌です。そろそろご自身と、皇帝の伴侶の魅力とやらを多大に過信されていると自覚されましたか?」
「ふぐっ」
「そして来年の皇貴妃との離縁が決定しても、私は何も困りません」
「ふぐっ……それは……嫌だ」
陛下はそう言うと、ガクリと項垂れます。
「玉には……皇貴妃には伝える。伝えて……許可を得たら、皆には正式に沙龙の日時を通達する」
「左様ですか。それではそろそろお帰り下さい。睡眠不足はお肌に悪いです。ほらほらほらほら」
殿方二人の手を引いて立たせ、背後に回ります。そのままグイグイと背中を押して、小屋から追い出します。
「おい、待て! またか!? こら、押すでない! 皇帝と丞相を押して追い出す貴妃など、前代未聞だぞ!」
「ブフッ、そんなに押さなくとも……ふふふ」
「お、おい、晨光も笑ってないで……ええい、聞かぬか!」
無視ですよ、無視。二人を小屋の外に押し出してから、滑りの良くなった戸を締めます。新たに付けてくれた鍵で、施錠もしっかりしておきます。
「一応、貴妃の夫と丞相で、後ろ盾役なんだろう? 良かったのか?」
「もちろんです」
呆れた顔の護衛には、微笑むのみです。
渋る陛下に続けます。
「得られる結果が、その程度のものになるだけ。私はあくまで餌として入宮しましたが、餌をどう使うかはそちらの自由。元より丞相には丞相のお考えもあって、私を入宮させたのですから。そして丞相の首で済む範囲であれば、私は基本的に餌を演じながら自由に過ごして良い。そう契約書に書かれております。求められれば助言も金の延べ棒分は致します。ですがそれをどう活かすかもまた、そちらの自由ですから」
ニコリと微笑み、懐から延べ棒四本をチラリと見せます。今朝、陛下が私に情報提供を願った分と、皇貴妃からの謝罪のお気持ちです。
「はっ。もしや今日渡した延べ棒があったから……」
「ええ。馬蹄銀が一つ上乗せされましたね。その分の働きも加味して話しております」「「「守銭奴娘……」」」
ん? 後ろからも?
振り返ると、キリリとした真顔の護衛……。
少し教育が必要ですね。まあ今は良いのですが。
「私からすれば、寧ろ私を使わず助言も活かしていただけない方が得なのですよ。ついでに後宮から追い出していただけるなら、なお良し。後宮に来て早々に、それなりの役割は果たしているのですから。それに私の両親も、陛下との婚姻など望んでおりませんでしたし」
それを聞いてギクリと体を強張らせる夫に、苦笑する丞相。その様子で両親も何かしらの手を打ってくれた事を察します。
どうやら今世の両親は、今までで一番親らしい親かもしれません。あの二人の娘で良かったです。
「特にこの話を父から聞かされた母は、父を磔の刑に処しました。三日三晩、不眠不休で恨み言を吐き続けたくらいです」
「……それはそれで、どうかと思うぞ」
些か引いた目を私に向けられても困りますよ、陛下。
まあ昨日のお昼には両親にも文を送りましたし、商人の基本は行動力です。あ、うちの両親は貴族で、領主夫妻でしたね。
「それには私も同意します。四日目に突入した朝は、流石に母に眠り薬を盛りました。父の仕事が滞ってしまいましたからね。それをあと二回繰り返したのですから、睡眠不足で胡家が滅ぶかと危ぶんだくらいです」
「どれだけお前の母親は父親に鬼気迫っておるのだ。というかお前の父親は不眠不休だったのか?」
「当然です。このようにしょうもない縁談を持って来ておいて、一週間かそこらで自由を与える? 母と私の恨み事が消化されないではありませんか。それでも十日目には粥と仮眠を一時間差し上げた私は、優しい娘ですね」
「皇帝との縁談がしょうもない……」
「優しさの基準が低すぎませんか。飲まず食わずで不眠不休の十日間ですか。死にますよ」
諸悪の根源たる丞相に言われるとは心外です。しょうもない夫のぼやきを素通りしてしまいます。
「それくらい私も、生家も、この婚姻は嫌でしたし、今も嫌です。そろそろご自身と、皇帝の伴侶の魅力とやらを多大に過信されていると自覚されましたか?」
「ふぐっ」
「そして来年の皇貴妃との離縁が決定しても、私は何も困りません」
「ふぐっ……それは……嫌だ」
陛下はそう言うと、ガクリと項垂れます。
「玉には……皇貴妃には伝える。伝えて……許可を得たら、皆には正式に沙龙の日時を通達する」
「左様ですか。それではそろそろお帰り下さい。睡眠不足はお肌に悪いです。ほらほらほらほら」
殿方二人の手を引いて立たせ、背後に回ります。そのままグイグイと背中を押して、小屋から追い出します。
「おい、待て! またか!? こら、押すでない! 皇帝と丞相を押して追い出す貴妃など、前代未聞だぞ!」
「ブフッ、そんなに押さなくとも……ふふふ」
「お、おい、晨光も笑ってないで……ええい、聞かぬか!」
無視ですよ、無視。二人を小屋の外に押し出してから、滑りの良くなった戸を締めます。新たに付けてくれた鍵で、施錠もしっかりしておきます。
「一応、貴妃の夫と丞相で、後ろ盾役なんだろう? 良かったのか?」
「もちろんです」
呆れた顔の護衛には、微笑むのみです。