「おたおたおたおた……」
「おた?」

 大く成長した子猫に押し倒され、何かを舐め取られている破落戸。何語かわからない言葉を発しております。

 私に向かって手を伸ばしておりますが、どうしたのでしょう? 首を傾げてしまいますね。

「あわわわわわ……」

 もう一人の破落戸はいつの間にか床に座りこんでおります。こちらも何語か話しているのかわかりませんね。

 ズリズリと不器用な後退りを見せておりますが、殆ど後ろに下がれておりません。

 子猫が動きました。

「ングッ、ゴホ、ギャ……」

 座りこむ破落戸の後ろに回って襟を噛み、引きずってもう一人の破落戸の隣に転がしました。

「「フグッ」」

 まあ。仲良く蛙が潰れたような声を……。

 子猫が仰向けに並んだ二人の腹にドカッと寝転がったので仕方ありません。後宮に住まう軟弱な女子達には、中々の苦行かもしれませんね。

 再びのヒイィィィとか、ギャアァァァとか騒ぐ耳にキンとくる悲鳴もなんのその。今度は代わる代わるザリュザリュと何かを舐め取っては、堪能し始めました。

 あら? 舐めれば舐めるほど、体が大きくなっていませんか?

 それにこの状況は何なのでしょう? 暫し考えてみます。

「……ふむ、ごゆっくり〜」

 しかし考えたところで、わからないものはわかりません。何より私には、無縁の者達。勝手に宮に立ち入った破落戸です。放置で良いでしょう。

 そのまま破落戸達の横をすり抜けようとして……。

「お助け下さいまし!」

 後から押し倒されていた方の破落戸が、ガシッと私の足を掴んでしまいました。

「まあ、どうしたの?」
「み、見ておわかりになりませんか!」
「全く?」
「お、襲われているのですよ!」
「何に?」

 大くなっていく子猫は、破落戸達には見えていないはず。

「姿の見えない何かにです!」
「話にならないわ。良い? お前達は私が何者であるのか確認もせず、貴妃の宮に無断で立ち入ったの。礼も取らず、名乗りすらせず、文を手渡すでもなく、押しつけた。その上、妾にすぎない嬪が、妻である貴妃の予定を尋ねもせず、よりによって翌日の茶会に来い? これは如何なる事なのかしら? その上、勝手に騒いだかと思えば、埃まみれの床に寝そべって助けて?」
「そ、それは……」
「その髪と瞳の色からしても、仕える女官がいない事からしても、滴雫(ディーシャ)貴妃じゃない! それに嬪とはいえ、生家の爵位は(フー)家より(シュー)家の方が上! それも(フォン)家の正式な後ろ盾のある巧玲(チャオリン)様の方が、立場は上よ!」

 口ごもる(ファン)と呼ばれていた破落戸とは対象的に吠えますね。

「本気で申しているの? もう一度言うわ。ここは貴妃の宮。お前達は無断侵入した。その上この宮で、宮の主に無礼を働いているのよ?」

 口調をずっと変えていますが、何だか今朝した皇貴妃の女官達とのやり取りが思い出されますね。

「だから何?! さっさと助け……」
「止めて!」

――パチン!

「な、た、叩いた?! 何する……」

――パチン!

 まあ。見事な平手打ち。もちろんお見舞いしたのはファンと呼ばれていた破落戸です。もっとも寝転がりながらなので、大した威力ではないでしょう。

「ふざけないで! 連座なんてごめんよ!」

 仲間の破落戸が口を開く前に、怒鳴り散らしてますね。

「申し訳ございません! 貴妃様! どうか、どうかお許し下さいまし!」 

 というより、恐怖で恐慌状態のようにも見えます。ある意味正しい判断ですね。破落戸から下女には、格上げしておきましょう。

「あんたも謝りなさいよ! え、ギャ!」

 下女がそう言うと、子猫は興味を失ったようです。謝罪した下女を解放し、後ろ足で私の足元に蹴り飛ばしました。

 もう要らないと言いたそうです。美味しくなくなったのでしょうか?

「なっ、何で!? 私も……くっ、やっぱり動けない!? 何でよ!?」

――ザリュ、ザリュ、ザリュ。
「ひぎゃああああ! 何でぇぇぇ!!!!」

 何故と叫ばれても、ねえ? やはり子猫ちゃんは私の知るある妖に性質が似ております。

 確かかの妖は、初代の清国では四凶と呼ばれる霊獣の一体。不徳者を好む性質を持っていたはず。