駅前のロータリーに着くと、すでに立川先輩の姿があった。


「どうしたの? 美咲ちゃん、何かあった?」


「はい……兄のことで」


「とりあえず、ゆっくり話そう。公園にでも行こう」

 駅から離れ、住宅街まで歩いた。この辺りは、街灯が少なくて気味悪い。一人では歩きたくはない。

 公園は住宅街に囲まれるようにして、ひっそり佇んでいる。灯りはひとつだけで、灯りの周りには、無数の虫が円を作って飛び回っている。


「それで、何があったの?」


 ベンチに腰掛けると、立川先輩が言った。


「あの……兄が怖くなったんです……」


「どうして? 優しいお兄さんだって、言ってたじゃん」


「そうなんですけど……今日の兄は、いつもと違って……」


「そっか。受験勉強で、大変なんじゃないの? お兄さん、受験生なんだよね?」


「はい、そうです……」


「美咲ちゃんが、サポートしてあげないと」


「そうなんですけど……」


「美咲ちゃんみたいな、かわいい妹がいたら、俺だったら勉強がんばっちゃうけどなあ」


 わたしは先輩の目をじっと見つめ、欲しがるように言った。


「キスしてください」


「……どうしたの? 急に」


「お願いします。してください」


「俺はいいけど……いいの?」


「はい。先輩にしてほしいんです」


 先輩はわたしの肩に優しく触れ、わたしの体を引き寄せた。わたしは目を閉じた。気配を感じる。先輩の。柔らかい唇だった。唇の手入れをきちんとしているのだろうか。この唇は、他の女の子にも触れている気がした。

 男の人の唇が、こんなにも柔らかいなんて意外だった。

 先輩は背中に手を回してきた。わたしも同じように、先輩の背中に手を回す。抱き合い、深いキスをした。

 わたしは欲しくなった。先輩のすべてを。口のなかに、何かが入ってきた。先輩の舌だった。体がビクついた。先輩は変わらず舌を入れてくる。わたしは目を開け、先輩の唇を引き離した。


「ごめん。嫌だった?」


「そんなんじゃないです……ただ……」


「ほんとにごめん。今日は帰ろう」


 先輩はそう言い、わたしに手を差し伸べた。


「大丈夫です」


 わたしは言い、自分で立ち上がった。

 家の前まで、先輩は送ってくれた。


「じゃあ、またね」


 立川先輩はそれだけ言うと、一度も振り向かずに暗闇のなかに消えて行った。