香に、知り合いの先輩たちと出かけようと誘われたのは、夏休み前のことだった。
六月だというのに、やけに暑い日だった。わたしは半袖の黒のTシャツに、ジーンズで待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせ場所は、街で一番大きな駅だった。大型モニターの周りは、待ち合わせをしている人たちで溢れ返っている。誰もが忙しなく、スマートフォンを操作している。
わたしが二十分前に着くと、まだ香は来ていなかった。鋭い日差しに、わたしは思わず手をかざした。わたしは木陰で香を待つことにした。
「やあ」
ふいに声をかけられた。わたしにかけられた声だとは思わなかった。
「神代さんだよね?」
その男の人は、わたしの名前を呼んだ。
「はい」
「立川瞬。よろしくね」
そう言った男の人の顔には見覚えがあった。
その後、白石という、立川先輩の友人が合流した。
香は遅れて来た。待ち合わせ時間の十五分後に。
「ごめん、ごめん……メイクに時間かかっちゃって」
香はわたしには見せたことのないようなメイクをして現れた。
「じゃあ、行こうか」
香は悪びれもせずに言った。
カラオケは駅から五分程度歩いたところにあった。
カラオケでは、思わず耳を塞ぎたくなるほどの音量で、ヒット曲らしいであろう音楽が流れていた。わたしは思わず顔をしかめた。
「どうしたの?」
香が訊いてきた。
「ううん」
香と先輩達は、三人でその曲を口ずさんでいる。わたしは不安になってきた。鼓動がやけに速い。受付が終わると、二〇五号室に案内された。部屋は薄暗く、一層不安な気持ちを掻き立てる。わたしはソファーに座らずに立っていた。
「美咲ちゃん、俺の隣に座りなよ」
立川先輩が言った。
美咲ちゃん、と呼ばれ、鼓動が高鳴る。貴史以外の男の人に、名前で呼ばれたことなんてない。
香は白石先輩と親しげに話している。
一番に曲を入れたのは、白石先輩だった。歌の上手さはよくわからないが、嫌な気持ちにはならなかった。
次に香。ラップが入っている曲を違和感なく歌う。歌っている最中に、香がわたしのほうに視線をよこした。でも、わたしは思わず、視線を逸らしてしまった。
最後に歌ったのは、立川先輩。白石先輩とは、また違う歌声だ。心が安らぐような、不思議な気分になった。
ふと、貴史がカラオケで歌を歌ったら、と想像してみたが、曖昧な輪郭さえ思い浮かべることができなかった。
わたしは歌わなかった。最後まで。どれだけ勧められても。流行りの曲なんて、一曲も知らない。
知っている曲と言えば、貴史がたまに口ずさんでいる曲ぐらいだ。
二時間は思いのほか、すぐに過ぎていった。
料金は立川先輩と白石先輩が支払ってくれた。
「自分の分は、自分で支払います」
わたしは言った。
「今度、デートして」
立川先輩は悪戯な笑顔を浮かべて言った。
「ありがとうございます」
わたしは頬を赤くして言った。
その後、待ち合わせ場所の駅まで戻り、先輩達と別れた。
「立川先輩、絶対、美咲に気があるよ」
香がわたしに耳打ちをした。
わたしは返事に困り、俯いて自分のつま先を見つめた。
立川先輩に告白されたのは、夏休みに入って、四人で花火大会に行った帰り道だった。
六月だというのに、やけに暑い日だった。わたしは半袖の黒のTシャツに、ジーンズで待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせ場所は、街で一番大きな駅だった。大型モニターの周りは、待ち合わせをしている人たちで溢れ返っている。誰もが忙しなく、スマートフォンを操作している。
わたしが二十分前に着くと、まだ香は来ていなかった。鋭い日差しに、わたしは思わず手をかざした。わたしは木陰で香を待つことにした。
「やあ」
ふいに声をかけられた。わたしにかけられた声だとは思わなかった。
「神代さんだよね?」
その男の人は、わたしの名前を呼んだ。
「はい」
「立川瞬。よろしくね」
そう言った男の人の顔には見覚えがあった。
その後、白石という、立川先輩の友人が合流した。
香は遅れて来た。待ち合わせ時間の十五分後に。
「ごめん、ごめん……メイクに時間かかっちゃって」
香はわたしには見せたことのないようなメイクをして現れた。
「じゃあ、行こうか」
香は悪びれもせずに言った。
カラオケは駅から五分程度歩いたところにあった。
カラオケでは、思わず耳を塞ぎたくなるほどの音量で、ヒット曲らしいであろう音楽が流れていた。わたしは思わず顔をしかめた。
「どうしたの?」
香が訊いてきた。
「ううん」
香と先輩達は、三人でその曲を口ずさんでいる。わたしは不安になってきた。鼓動がやけに速い。受付が終わると、二〇五号室に案内された。部屋は薄暗く、一層不安な気持ちを掻き立てる。わたしはソファーに座らずに立っていた。
「美咲ちゃん、俺の隣に座りなよ」
立川先輩が言った。
美咲ちゃん、と呼ばれ、鼓動が高鳴る。貴史以外の男の人に、名前で呼ばれたことなんてない。
香は白石先輩と親しげに話している。
一番に曲を入れたのは、白石先輩だった。歌の上手さはよくわからないが、嫌な気持ちにはならなかった。
次に香。ラップが入っている曲を違和感なく歌う。歌っている最中に、香がわたしのほうに視線をよこした。でも、わたしは思わず、視線を逸らしてしまった。
最後に歌ったのは、立川先輩。白石先輩とは、また違う歌声だ。心が安らぐような、不思議な気分になった。
ふと、貴史がカラオケで歌を歌ったら、と想像してみたが、曖昧な輪郭さえ思い浮かべることができなかった。
わたしは歌わなかった。最後まで。どれだけ勧められても。流行りの曲なんて、一曲も知らない。
知っている曲と言えば、貴史がたまに口ずさんでいる曲ぐらいだ。
二時間は思いのほか、すぐに過ぎていった。
料金は立川先輩と白石先輩が支払ってくれた。
「自分の分は、自分で支払います」
わたしは言った。
「今度、デートして」
立川先輩は悪戯な笑顔を浮かべて言った。
「ありがとうございます」
わたしは頬を赤くして言った。
その後、待ち合わせ場所の駅まで戻り、先輩達と別れた。
「立川先輩、絶対、美咲に気があるよ」
香がわたしに耳打ちをした。
わたしは返事に困り、俯いて自分のつま先を見つめた。
立川先輩に告白されたのは、夏休みに入って、四人で花火大会に行った帰り道だった。