ーー9月27日。
 校内似顔絵コンクールの絵の締切日まで、残り3日。

 放課後、職員室へ出向いて5日間かけて描いた絵を提出した。
 結局降谷くんにモデルを頼めなかったから、日々の思い出を巡って描き上げた。
 だから、完成度はそれなりに。
 以前、降谷くんに『その人を描きたいなら本人に直接頼めばいいのに』とか、『こんなに平ったい写真じゃパーツの立体感や人間の温かみが感じられない絵になっちゃうよ』なんて偉そうに言ってたくせにね。

 一方の降谷くんは、先日描いていた絵に少し納得がいったようで一人で描き続けることに。
 そのせいで、二人で公園に行った日がモデルの最終日になった。
 降谷くんの部屋に入る機会を失ったからちょっと残念だけど、完成まで集中して描いて欲しいから素直に身を引いた。
 まぁ、そのお陰で自作に取り組むことができたんだけどね。


 ――そして、いまは高校からの下校中。
 びゅうびゅうと風が吹いて今にも雨が降りそうなほど曇り空の中、先日降谷くんと一緒に絵を描きに行った公園付近の橋を歩いていると……。

「うわぁぁぁ〜〜。やっべぇぇ!!」

 小さな子どもの叫び声が橋の下から聞こえてきた。
 髪と服をはためかせながら目線を下ろすと、川には黄色い校帽らしきものが流れている。
 しかも、そのすぐ傍には小学校低学年くらいの男の子が川へ入ろうとして靴を脱ぎ始めた。

 ……もしかして、自分で帽子を取りに行こうとしてるのかな。だとしたら川の流れが早いから危険。早く止めに入らなきゃ!
 昨晩雨が降ったせいか、普段より水位が上がっているし流れも早い。
 万が一、川の水に足を取られてしまったら溺れてしまう可能性もある。

 男の子が川に入るのを止めるために川辺の斜面を駆け下りて、持っていた学生カバンを岸辺に放り投げて男の子の元に向かった。

「ちょっと、僕! 危険だから川に入らないで! いま流れが早くなってるから危ないよ」
「だって、早く帽子を取らなきゃもっと奥に流されちゃう!!」
「大丈夫、お姉ちゃんが取ってあげるからそこで待ってて」

 私が川に到着した時は、岸から2メートルほど先の島になっているところに積み重なっている流木に帽子が引っかかっていた。
 その場所なら棒を拾って伸ばせば届くと思って、少し長めの棒を探して近くで拾う。
 川岸で靴を脱いで川の中に足を進ませて、手と棒を思いっきり伸ばし、棒の先端に帽子に引っ掛けてから手前に引いた。

「やったぁ! ……僕、帽子取れたよ!」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「もう手放しちゃだめだよ?」
「うん!」

 私は男の子に帽子を返すと、彼は元気よく走って川から離れていった。
 やれやれと思い、カバンから出したハンドタオルで足を拭いて靴を履き、自分も帰ろうとして先ほど手放したカバンを取りに行くと、カバンにぶら下げていたあるものが消えていることが判明する。

「あ、あれ……。降谷くんからもらった貝殻が入ってる小瓶がカバンから外れてる。ど……どうしよう」

 ショックでサーッと血の気が引いていく。
 大切な宝物だから毎日持ち歩いていたのに……。

「……ううん、迷ってる暇はない。一刻でも早く探さなきゃ!!」

 私はカバンを置いていた周辺を探した。
 でも、ゴミや枯れ葉が重なっていてかき分けてみてもすぐには見つからない。
 もしかして、ここへ来る途中に落とした? と思って橋から来た道を辿ってみたが、落ちてる様子はない。

「じゃあ、カバンを放り投げた時に川へ……」

 呆然としたまま目線を川に向けると、水の流れは更に勢いを増していた。
 次第にポツッと一粒頬に雨があたる。

「雨……、降ってきちゃった。大雨になる前に探さないと……」

 天気予報では夕方から大雨になると言っていた。
 だから迷ってる暇なんてない。
 雨に降られてしまったら、視界は悪くなるし、水の勢いは更に増していくのがわかっている。

 私は再び靴を脱いで川に足を浸らせた。
 気焦りしているせいか、水温なんて気にならない。
 少し灰色に濁っている川の中に何度も何度も手を突っ込みながら足を進ませて小瓶を探す。

 見つからない。
 でも、今日中に見つけなきゃいけない。
 あれは降谷くんからもらった大切な宝物。
 プレゼントしてもらった瞬間から一生大切にするって決めたんだから!

 ツルッ……。
「きゃっ……」
 バッシャーーーン!!

 苔が生えている石に足を乗せた瞬間滑ってしまい、おしりから転落。スカートが全て水に浸った。そのせいで下着も全部ビショビショに。
 でも、気持ち悪いとか思う以前に降谷くんに申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。
 そして、後悔の嵐に巻き込まれていき……。

「……うっ……ううっ…………ぐすっ……降谷……くん……。ごめんな……さい……」

 髪やワイシャツは糊で貼り付けられたようにぺったりと張り付いていたまま。
 フラフラと立ち上がって再び川の中を探す。
 ……すると。

 バシャバシャバシャ……。
「お前、こんなところで何やってんだよ!」

 力強い手でバシッと腕を掴まれてから聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえたので振り返ると、そこには降谷くんの姿が。
 しかも、顔は見たことがないくらい眉がつり上がっている。

「降谷くん……。どうしてここに……」
「橋の上からお前を見かけたから。こんな濁流の中にいたら溺れて死ぬぞ!」
「だって……。降谷くんからもらった貝殻を小さな小瓶に入れてボールチェーンで学生カバンにつけてたんだけど、さっきこの辺に落としちゃったの。ここなくしたことはわかってるんだけど、全然見つからなくて……。だから、川の中かなと思って探してた」
「バカ! 溺れたらどうするんだよ」
「でも、大切な宝物だから絶対取り返したいの。降谷くんが私にプレゼントしてくれたものだから……」
「あのな! その辺に落ちてた貝殻なのに頑張って探す必要なんてない。お前の命の方が大事なんだよ」

 彼はそう言うと、私の手を引き寄せて力強く抱きしめた。
 しかし、普段なら大喜びしたいくらい嬉しいはずなのに、体温が奪われて衰弱しはじめている体は少し反応が鈍くなっている。

「降谷……くん……。抱きしめたら降谷くんが濡れちゃうよ」
「バカ……。そんな貝殻諦めろよ」
「嫌だ。だって、降谷くんからしたらその辺に落ちてる貝殻かもしれないけど、私にとっては降谷くんからもらった特別なプレゼントなんだよ。もらった時はすごく嬉しかったんだから」
「みつき……」
「一生大切にしようって心に誓ったの。だから、今日中に絶対見つける。今度こそは二度と落とさないように、もっともっと大事にするから」

 瞳から燃えそうなくらい熱いものが滴っていく。
 恋しくて、恋しくて、恋しくて……。
 こんなに残酷な日が訪れるとわかっているなら、もっともっと慎重に行動するんだった。

 彼は私の両肩を掴んで離れると、目の高さを合わせて言った。

「……そんなに、俺のことが好き?」

 私の答えは一つしかない。
 だから、こくんと頷く。

「以前も伝えたけど、高校受験日に消しゴムを半分わけてもらったあの瞬間からずっと好きだった。降谷くんからしたら、思い出に残らないような出来事だったかもしれないけど、私は感謝してた。同じ学校に通えるといいな。もし、もう一度会えたらこの想いを伝えようって心に誓っていたから」
「……」
「でも、残念ながら私の恋は一方通行。5回もフラれたから諦めなきゃいけないのに諦められないの。だからね、あの時もらった貝殻は命を賭けてもいいくらい大切な……」

 と充血している目で伝えてる最中。
 プルルルル……。
 降谷くんのスマホが鳴った。彼はポケットに手を突っ込んで電話に出ると。

「さちか……、え! ……なに、いま泣いてんの?」

 このタイミングでさちかさんから電話がかかってきた。
 それだけでも胸が引き裂かれそうなのに、彼女を心配する声が私のハートを切り裂いていく。
 彼は電話を切ると、私を川岸に連れて行き、学生カバンを拾って私の手へ。

「ごめん。……行かなきゃいけないところがある。お前はちゃんと家に帰れよ」
「えっ……」
「帰らなかったら許さないからな。いいな」

 彼は暗い顔をしたままそう言い残すと、背中を向けて川辺の斜面をかけ上っていった。

「やだっ!! 行かないで……」

 悔しくて本音が漏れる。
 これが迷惑だとわかっていても、大切なものを失ったばかりで恋しさが止まらなくなっていたから。

 すると、彼は一度振り返り、切ない目で私を見つめる。
 でも、戻ることはなく彼女の元へ向かっていった。

 想っても、想っても、届くことのない恋。
 私はこのまま一生片想いなのかな……。
 降谷くんのことが大好きなのに、どんなに頑張っても全然伝わらないや。