顔を上げてみると、誠さんが驚いたように私を見ていた。

「そんな男がいるんだ……ちょっと自分では考えられないというか……」
「ってことは、誠さんはピロートークまでしっかりするタイプ?」
「そうかもしれない。さっきもしつこいって言われたしね」

 彼は苦笑いをしたけど、あの時私も少し引っかかったことを思い出した。

「あぁ、あれって何がしつこいの? 束縛とか言ってたから、メールとか電話かなって勝手に思ってたけど」
「それもある。返事がないと不安になっちゃって」
「あぁ、わかる。私もお互いの予定を把握してないと気が済まないタイプだから」
「じゃあ茜さんは『明日は何する予定?』って聞かれたらなんて答える?」
「明日? 溜まった洗濯物と買い物と、見たかったドラマを見る」
「おぉ、なんて理想的な返答なんだ……」
「別に隠すことじゃないし」

 私の言葉を聞いた誠さんはハッとしたように口を押さえた。

「そっか……隠したかったのか……」

 私にも理解出来た。きっと彼女は浮気していたことがバレたくなくて、彼に強く当たったのかもしれない。それは気の毒すぎる。

「まぁ二人はたまたま合わなかっただけじゃないかな。話し方、受け取り方って最初から合う人もいれば、少しずつ時間をかけて噛み合っていく人もいるじゃない? 二人にはもう少し時間が必要だったのかもね」

 元カレとは最初から合っているような気がしていた。でも徐々に離れていってしまったーー。

 その時、誠さんからの視線を感じて顔を上げると、視線が絡み合う。

「不思議だな……茜さんとはなんか気を張らずに話せるんだ」
「あっ、わかる。やっぱりお互いに壮絶な現場を目の当たりにしてるし、どうせ今夜だけの話し相手だしね」

 そう。どうせ今だけだもの。気の置けない友人たちとおしゃべりを楽しむみたいな感覚でいた。しかしその空気を変えるように、誠さんが私の手を握ってきたのだ。

「茜さんは……しつこい男は嫌いですか」
「これって、電話やメールの話じゃないよね」
「……違う。でも俺のしつこさを茜さんに判定してもらいたいって言ったら怒る?」
「怒るっていうか、そんなワンナイト的なやつ、したことないんだけど」
「俺だってこんなこと言ったことないよ」

 顔を真っ赤に染めて、声が上擦った様子を見れば、それが事実であることは容易に想像出来た。 今日初めて会った人としちゃうの⁈ それってちょっとすごいことじゃない? 本当か見て憧れはあったけど、まさか自分に降りかかるなんてーーそれに元カレのせいで、私は特大の欲求不満という爆弾を抱えている。こんなに後腐れなく爆発させられるなら、むしろありかもしれない。

「まぁお互い助け合った仲だし、いいよ、私が判定してあげる」

 今日ほどぶっ飛んだ日もなかなかないだろうな……一生に一度しかないかもしれないこのドタバタな一日を、最後まで勢いのままに波に乗り切ってやればいい。