「呼び出してごめん」
「ううん、大丈夫。どうしたの?」

 笑顔で伝えたけど、本当は哲弥が言おうとしていることが何かはわかっていた。だから唇をギュッと噛み締め、なんとか気持ちを奮い立たせた。

「あぁ、うん、実は茜に言わなきゃいけないことがあって……」
「えっ、なぁに?」
「あの……俺……他に好きな人がいるんだ。結構前から気になってて……でも彼女も俺と同じ気持ちだってわかって……だから、本当にごめん! 俺と別れてほしいんだ」
「……うん、知ってたよ、私。半年くらい前から徹夜の様子が変だなって思ってた。好きな人のことだから、そういうことって気付いちゃうんだよ。もっと必死になって隠してくれないと」
「知ってたのか……」
「でもおかしな話だよね。私だって同じ気持ちだったから付き合い始めたのに、いつの間にか一方通行の好きに変わっていたなんてね」
「本当にごめん……」

 茜は悪くない、とか言ってくれないのを見ると、彼なりに私に不満があったんだろうなって思う。でもそう言えない彼は、ある意味正直ものなのかもしれない。

 涙は今日までにたくさん流してきた。だから出ないはずだったのにーーそれでも途切れることはないらしい。

 瞳から涙が溢れそうになった時、突然隣にいた男性に肩を抱かれ、私の涙は驚きと共に引っ込んでしまった。

「でも君の想いが一方通行になったおかげで、ようやく俺の気持ちに応える気になってくれたんだろ? それなら俺はその人に感謝しなくちゃいけないね」
「うっ……うん?」

 目を瞬きながら、言葉に詰まる。

「あなたは誰ですか?」

 どこか不愉快そうに哲弥がたずねると、彼は満面の笑みになった。

「下条といいます。別れてくれてありがとうございます。これでようやく彼女にアタック出来ます」
「新しい彼氏?」
「候補です。彼女は一途ですからね。優しくて尽くしてくれ女性なんて、僕にはもったいない気もしますが、手放すなんてしたくありませんから。じゃあ茜さん、そろそろ行きましょうか」

 隣の男性が私の荷物と伝票を取って立ち上がると、私の手を引いた。

「えっ、あっ、はい。じゃあ哲弥、今までありがとう。さようなら」

 バタバタと店を後にし、気付けば近くの公園へと向かっていた。おかしいな……もっと悲しくなると思っていたのに、意外と呆気ない最後で、笑いすらも溢れてしまう。