それが、いつも急に帰ってくる理由?

いつも明らかに仕事の後の格好で、着替えひとつも持たないで。何時間もの空を越えて、私に会いにきてくれる。

慎だって疲れているのに、忙しいのに。
お金も時間もかけて、私の心に留まりたいと願ってくれている。



「慎……」



ふたりベッドに横になったまま、私は慎に手を伸ばす。

そして中指の先で、キメの細かい肌をした彼の額をピンッと思い切り弾いた。



「いった!!」

「慎のばーか」

「バカ!?今のムードの中でそれ言う!?」



しっかりと当たった感触から、痛かったのだろう。
額を押さえて言う慎に、私はその目をまっすぐ見つめた。



「慎のことが頭から消えてくれないから、考えないようにしてるんでしょ」



私の心から慎が消える?
いつか必要ないって捨てる?

いっそ、そうなれたらラクなのにね。



『寂しかった』なんて言わないよ。
だって、言葉にしたらもっと寂しくなる。

慎のことなんて、考えないよ。
だって、考えたらもっと会いたくなる。

本当は、海外になんて行かないでほしい。
もっと一緒にいたい。

些細な出来事も、きれいな景色も、美味しいものも、全部分かち合える距離でいたい。



だけど、慎も私もお互いに仕事が大切で、寂しさに耐えるこの時間が未来につながると信じているから。
だから、ワガママなんて言わないで精いっぱい強がっていたいんだよ。



言葉にできない、だけど胸を埋め尽くすほどの気持ちが抑えきれず涙となってあふれてしまう。



「紗雪……」



慎はそんな私の頬に手を添え、指先でそっと涙を拭う。

濡れた頬を撫でてくれる、そんな人がいるのは幸せだ。
だけど、この幸せを感じるほどにつらくなる。

だって、明日にはまた離れてしまう。

どうしようもない寂しさが胸を襲い、立ち上がれなくなってしまいそうになるから。



「だから、会いになんてこなくていい……」



精いっぱい声をしぼり出すと、いっそう涙がこぼれた。
すると慎は私を抱きしめて、濡れた頬にそっとキスをする。



『ごめん』も『寂しくないよ』も、ふたりの間にはもういらない。

全てを投げ捨ててそばにいられなくてごめん、
だけど寂しくないよ、

そう何度も何度も言葉にし合ってきたから、十分伝わりあっている。



きっと明日の夜、私はまた泣いてしまう。

ひとりのベッドで慎の体温を思い出して、寂しさに心が折れそうになりながら。



だけど、この日々にいつか終わりがくると信じているから。

『行かないで』
『そばにいて』

その言葉たちを飲み込むんだ。




涙で、彼の服の胸元が慣れていく。

彼といるこの夜が明けませんように、と。

今はただそれだけを、願っている。




end.