慎とは大学の同級生で、付き合い始めてからもうすぐ10年になる。



中性的な整った顔立ちに高身長、色素の薄い茶色い髪と瞳と、印象的な見た目をした彼。

性格は朗らかだけど物怖じせず堂々としたタイプ。
その中に優しさや配慮を持ち合わせているところに惹かれて付き合うようになった。



そんな慎は就職先の外資系企業でもとんとん拍子に出世した。

元々コミュニケーション能力が高く、英語や中国語など幅広い言語も話せる慎にとって様々な国の相手と働く今の仕事は天職のようだった。



会うたびにそれぞれの仕事の話で盛り上がり、お互い今の仕事に熱意ややり甲斐を感じていた。

そんな日々を過ごして3年が経ち、仕事にもすっかり慣れ、そろそろ同棲や結婚も意識し始めた25歳の春。

慎に突然、海外赴任の話がきた。



『海外赴任!?いつから!?』

『来月。前任の急な退職でもうバタバタだよ』

『来月ってそんないきなり……』

『大丈夫。仕事辞めてついてきて、なんて言わないから。
遠距離にはなっちゃうけど、今は連絡手段もいくらでもあるし定期的に帰ってくるよ』



慎はそう笑って、私がどうしたいかも聞かずにひとりで決めて行ってしまった。

……聞かれても、なんて答えればいいかなんてわからなかったけど。



当時私は今の会社に入社して3年目で、店長として初めて店を任せられたばかりだった。

そんな状況で『彼氏の海外赴任についていきます』なんて言って仕事を辞められるわけもないし、私自身も念願叶って就いた仕事を辞めたくなかった。

そして、その状況は今でも変わらない。
むしろ年数が経てば経つほど責任や仕事が増えて、今この状態で全てを投げ捨て慎の元へ行くなんてできない。



部屋着に着替えてリビングに戻ると、慎はわたしが置きっぱなしにしていたコンビニの袋の中身を冷蔵庫に移してくれているところだった。



「あ、そういえばごはんとかなにもないけど……出前でもとる?」

「そうだと思ってちゃんと用意してある。紗雪お気に入りのデパ地下のデリ」



待ってましたと言わんばかりに、紙袋からデパ地下で買ってきたおかずを取り出して見せる慎に、それまでの疲労感も一瞬で吹き飛んだ。



「これは……銀座の名店が出してるお店の、ローストビーフでは……!?」

「そう。紗雪が一番好きなメニューだけど高いから記念日にしか買わないローストビーフ」

「最高!」



思わず大きな声を出してよろこんだ私に、慎が「しっ!」と自身の唇に人差し指をあてて黙らせる。

その仕草から今が夜遅くだと思い出した私は、ハッと自分の口を両手で覆った。

そんなやりとりにお互い吹き出し笑い合い、私たちは夕食の支度を始めた。