その人の瞳は、私、咲の胸をとくんとさせた。
 入学式の日。 
 隣の席になった、和哉君。
 桜の木の下で、私が道に迷っていたら、出会った彼。
 彼は、友達も多くて、人気者で。
 私はと言ったら、そんなにで。
 彼は、私よりも遠い存在で。
 それでも、私は彼のことがずっと大好きで。
 それでも。
 私は、彼に告白できずに、とうとう11月を迎えた。
 今日は、私たちの中学の文化祭、前夜祭。
 私は、軽音楽部のボーカルとして、歌うことになっている。
 私が作った、ラブソング。
 みんなで練習した曲。
 どうしよう。
 緊張する。
 和哉君も聴いているのかな。
 そんなことを思いながら。
 控え室で、緊張しながら待つ。
 メンバーの3人、加奈子、莉花、真夏も、緊張している。
 本当に、自信がなくなってきた。
 怖くなってきた。
「それでは、次のグループ、どうぞ」

 始まる。
 彼が。

 見ている。
 和哉君が。
 200人くらいいる体育館の中で。
 見てくれている。

 ♢
 
 はあ。
 ヒトカラでも行こうかな。
 ああ。
 泣きそう。
 和哉君と。
 あの、憧れの和哉君と。
 おんなじ高校に進めたのに。
 頑張って、夕方の教室に誘って。
 告白したのに。
 ごめんって。
 振られてしまうなんて。
 ああ。
 泣きそう。
 辛い。
 いいや。
 
 たくさんの人が行き交うカラオケも、自分の部屋に入ってしまえば、静かで。
 楽しくて。
 歌うことが、楽しくて。
 私は、歌うことが生きがいだったな、なんて、思い出させてくれて。
 中学の文化祭の日、和哉君、聞いてくれてたな、私の曲。
 あの時に告白していたらどうなっていたんだろう。
 成功していたのかな。
 なんて、想像するだけ無駄かな。
 だって、時は取り戻さないし。
 今日は、ヒトカラで充分歌って。
 機嫌を紛らわせようかな。
 私自身の、機嫌を。
『好きです、付き合ってください』
『ごめんなさい、おれ、好きな人ができて』
 さっきの情景が、頭の中をぐるぐると、行き来する。
 すごく、悲しい。
 中学の頃。
 入学式の日。
 一目惚れだった。
 それから5年も追いかけて。
 それで。
 和哉君に、ついにフラれて。
 私って。
 なんなんだろう。
 高校も。
 和哉君とおんなじところを選んだのに。
 デンモクの履歴を見ると、そのほとんどが失恋ソング。
 また、失恋ソングを入れて、歌う。
 その点数は、93点と異様に高い。
 なんなんだろう。
 何かの、嫌がらせかな。
 私は。
 今日。
 和哉君に。
 フラれたんだ。
 もうちょっと早ければ。
 もし、中学の時に告白しておけば。
 さっきの告白に対する返しの一言。
『ごめんなさい。おれ、好きな人ができて』
『好きな人ができて』
 ってことは、多分。
 中学の時は。
 その人のことは、まだ好きじゃなくて。
 それどころか、多分、まだ知らなくて。
 そんな関係の人に。
 私の。
 私の和哉君が。

 中学の時に。
 告白、しておけば。
 あの、ライブの日。
 私が、人生で一番輝いた日。
 あの日に。
 もし。
 告白をしておけば。

 付き合えたのかな。
 
 ♢
 
 私は、まだ、彼への想いを引きずっていて。
 大学に入ってもなお、軽音楽部に入って。
 ボーカルとして歌うも。
 その作る曲たちは、みんな。
 彼に向けた歌になってしまう。
 でも、たくさんの人が見ている中で歌うことは、やっぱり楽しい。
 大学祭の後夜祭。
 私が、大好きな失恋ソングと。
 私が作った失恋ソング。
 それらを混ぜたセットリストを、みんなで演奏して。
 私がボーカル。
 本当に、軽音をやっていて良かったって、思う。
 でも。
 私が人生で一番輝いていた瞬間は、間違いなく、あの、中学の頃。
 中学の頃、200人の前で歌った、あのライブ。
 あのライブこそ、私の大切な、大切な人生のピース。
 そんなことを思いながら。
 今日も。
 あれから8年経った今も。
 歌い続ける。

 
 あれ!?
 ここは、どこ!?
 
 私の周りには、200人くらいの人が。
 後ろを見ると、中学の時のメンバー、加奈子、莉花、真夏が!
 中学の時の制服を着た、3人が!
 私も、中学の時の制服を、着ている!
 
 まさか!中学の時の私に、戻った!?
 
 ってことは!
 ってことは!!!
 また、私に、告白のチャンスが訪れたって、こと!?
 歌わなきゃ!
 思いを込めて!
 中学の時に作った歌を!
 歌わなきゃ!

 
「ありがとうございました!それでは、次のグループ、どうぞ!」

 歌い終わった!
 和哉君のところに行かなきゃ!
「あれ、咲、どこ行くの?」
「加奈子、莉花、真夏、ごめん、私、行かなきゃいけないところがあって!」
 
 和哉君、どこ!
 いた!
 体育館を出ようとしている、和哉君!
 
「和哉君、あのね!」
「咲・・・・・・?」
「あのね、私・・・・・・」
「あ、おれ、クラスの出し物の準備に行かなきゃ」
「じゃ、じゃあ、それが終わったら・・・・・・」
 誰もいない教室、誰もいない教室!
「社会科室に、来て!」
「・・・・・・わかった。」
 そう、言った瞬間。
 
 視界が、いきなり変わった。
 ここは。
 カラオケ。
 私は。
 今。
 1人で。
 高校の制服を着て。
 カラオケに。

 いる。
 これは。
 あの日。
 高校の時。
 振られた日の。

 1人カラオケ。

 
 あれ。

 カラオケが。

 その小さな空間が。

 虹色に変わって。

 2人の少女が、現れた。
 
「ここ、どこ?」
 私の中学の頃の制服を着た・・・・・・私!?
 
「どこだろう、ここ・・・・・・」
 少し大人びた、私服の、私・・・・・・。
 
 私服の私は、泣き始める。
「私は、高校の頃に告白して、フラれてしまったの」
 
 中学の制服を着た私は、話し始める。
「私、この後、告白をしようと思っているの」

 そうだ。
 中学の時。
 あの時。
 バンドが終わった後。
 社会科室に呼び出したのに。
 勇気が出なくて。
 告白ができなくて。
 高校生になってしまったんだ。

 私が、中学の頃の自分に言えること。
 それは。

「絶対に、告白してほしい。」
 私は、涙を流していた。

「・・・・・・うん。わかった」



 虹色の空間は、消えていった。

 今のは、高校生と、大学生の、私・・・・・・?

 ・・・・・・そっか。

 私、今。

 バンドが終わって。
 
 和哉君を社会科室に呼び出して。
 未来の私は。

 告白が。

 できなかった・・・・・・?

 だから。

 2人とも。

 泣いていた・・・・・・。

 じゃあ。

 勇気を出して。

 告白をしなきゃ。
 
 桜の木の下で、私が道に迷っていたら、出会った彼。
 彼は、友達も多くて、人気者で。
 私はと言ったら、そんなにで。

 
 彼は、私よりも遠い存在で。


 それでも。
『私は、高校の頃に告白して、フラれてしまったの』
『絶対に、告白してほしい』
 高校、大学と、彼は、私にとって大事な存在なのなら。

 それなら。

 言わなきゃ。

 

 社会科室は。
 月の光で照らされていて。
 窓の外は。
 星空が綺麗で。

 和哉君が、いて。
「咲・・・・・・」
「あのね、私」

 私は、涙を流していた。

 一気に、思い出した。

 未来を。

 私が、高校で振られてしまったこと。
 大学で、その恋がまだ忘れられずにいたこと。
 それでも、歌い続けていたことを。

 そして。

 私の想いは。

 私に。

 今の、中学生の私に。

 託されていることを。

「好き・・・・・・なの」

「・・・・・・え?」

「聞かないで! 好き! 好きなの! とっても、好きなの! 和哉君のことが、今日も、昨日も、入学した時も、これからも何年も、ずっと大好きなの!!!!」

 私は、しゃがみこんでしまった。
「好き、なの・・・・・・」

「おれも。好きだよ。だから、顔を上げて。泣かないで」
「へ・・・・・・?」

 和哉君は、私の手を取った。
「伝えてくれて、ありがとう。」
 私を、抱きしめてくれた。

 フフッ、と2人で笑った。

「私ね、たくさんの曲を作って、それをね、歌いたくてね、和哉君に、これからずっと、聴いてほしいの!」
「聴いてみたいな、もっと、さっきライブで演奏してくれたような神曲を、これからも、高校生になっても、大学生になっても、何年も」
「・・・・・・聴かせてあげる! 私、たくさん曲作る! 絶対!」
 2人で手をつないで、社会科室を後にした。