久々の再会を祝して、その晩は宴を開くこととなった。
 一人欠けてはいるものの、それをいつまでも気にして暗い顔で過ごすことは、レオナルドも望まないだろう。焦ったところで船の速度は上がらないし、いきなり黒弦を捕まえられるわけでもない。ずっと不安に囚われていては精神ももたない。奏澄が暗い顔をしていたら、乗組員たちも責任を感じてしまうだろう。自分たちが捕まったりしなければ、と。
 なるべく明るく過ごそう。目的が何であれ、あれほど望んだ仲間たちとの航海なのだから。

「アントーニオさん、こっち皮むき終わりました」
「うん、ありがとう」

 奏澄はアントーニオと、厨房で食事の用意をしていた。慣れた感覚が蘇り、嬉しくなって笑みを零す。

「どうしたの?」
「いえ、なんか楽しいなって」
「あはは、わかるよ。ぼくも店でずっと料理はしてたけど、やっぱりこの船で仲間のために作るのは、特別なことだから」

 アントーニオの穏やかな横顔に、奏澄も微笑む。この時間を、同じように特別だと感じていてくれることが嬉しかった。

「そういえば、お店は……元のお店、ですか?」
「ああ、うん。ラコットさんたちと一緒にね」
「大丈夫だったんですか?」
「一応、ね。お互い時間を置いて、頭が冷えたのかな。改めて和解、とかっていうんじゃないけど、ぎくしゃくしながらも、少しずつ……他の同僚と同じようには、ね」
「そうですか。良かった……で、いいんですよね?」
「うん。ありがとう」

 奏澄には深いところはわからないが、アントーニオが納得しているのなら、何も言うことは無い。彼なりに、心の整理がついたのだろう。

「その、ラコットさんたちが一緒だった、というのは」
「ああ、お店を手伝ってくれてたんだよ」
「え。ラコットさんたち、が?」
「うん」
「それは……なんというか……色々と、大丈夫だったんですか?」
「うちはそこまで格式ばったところじゃないから。困ったお客さんの対応とか、頼もしかったよ」

 笑いながら言っているところを見るに、大きな問題は無かったのだろう。ただアントーニオは大らかなところがあるから、他の従業員たちも同じように思っていたかは定かではないが。

「カスミの方は、変わりない?」
「あ……えっと」

 促されて、奏澄は口ごもった。伝えようとは思っていたが、いざはっきり口に出すとなると、なんだか気恥ずかしい。もごもごとしながらも、なんとか言葉にする。

「メイズと、ちゃんと、恋人になりました」

 赤い顔で俯く奏澄に、アントーニオはぱあっと顔を明るくした。

「そっかぁ、良かったね。おめでとう」
「あ、ありがとう、ございます」

 こうも純粋に祝福されると、それはそれで照れくさい。

「結婚式するなら、ぼくがケーキ作りたいな。お菓子は専門外だけど、ちゃんと練習するから」
「け、結婚、とかは、まだ」
「そうなの? まぁ、今はそうだよね。先にセントラルとのことが片づかないと」
「そう……ですね」

 奏澄が気にしたのはそこではないのだが。もしかして、この世界の基準でいくと、奏澄の年齢では既に行き遅れだったりするのだろうか。適齢期はどのくらいなのだろう、と思いつつ、それを聞くのもなんだか怖い。
 そもそも、結婚という形式的なものを、果たしてメイズが意識しているかどうか。どうでもいいと思っているなら、むしろ奏澄に合わせてほしいところだが。

「こっちの結婚式って、どんなことするんですか?」
「そんなに決まった形はないよ。教会で、神様の前で誓うだけ。別に船の上でやってもいいしね。あとは身内とかその場にいた人たちで、ごちそう囲んでお祝い」
「その場に……大雑把ですね」

 言いながら、奏澄は以前図書館で読んだ本を思い返していた。
 この世界では、『神』と呼ばれる存在は一つだけ。この世界の創造主。王家の始祖。女神マリアは、神の眷属にあたる。
 しかしそれはセントラルが定めた宗教によるもので、実際には島によって土着の信仰があったりもする。かつては宗教国家であったため、宗教弾圧などもあった。セントラル王家こそが唯一絶対の正統なる神の血筋である、と思わせなければならなかったからだ。
 ところが軍事化するにあたり、宗教での圧力は余計な軋轢を生むため、信仰の自由が許容されるようになった。だから今は昔ほど神に対する服従心は無いらしい。それよりも、単純にセントラルの武力に脅威を感じて従っている。

 奏澄はこの世界の神を信仰しているわけではない。メイズも信仰心があるようには見えないし、船の上で簡易な結婚式もいいかもしれない。
 奏澄の思う結婚式を想像して、ふと手元の指輪に目を落とす。

「指輪は、何か特別な意味があるんでしょうか」
「あれ? 知っててつけてるんじゃないの?」
「なんか、今更聞けなくて」

 レオナルドに薦められたペアリング。薦められた、ということは、こちらでも何らかの意味があるはずだ。ただ、はっきり聞くのは(はばか)られて、結局ちゃんとした意味は知らずにいる。

「共に生きる約束の証、みたいな感じかな。互いの体の一部を拘束する、っていうんでね。夫婦とか、恋人とか、すごく仲が良ければ親友同士でもつけたりするよ」
「そういう意味だったんですね」

 納得しながら、奏澄は指輪を見つめた。しかし今の言い方だと、指による差異はなさそうだ。薬指に嵌めることに気後れする必要は無かったかもしれない。

 ――いや。逆かな?

 左手に嵌めるのが憚られて右手の薬指に嵌めたのだが、どの指に嵌めても同じなのだとしたら、そもそも揃いの指輪を欲しがったことが結構な要求だったと思われる。あの時のメイズの戸惑いは、もしかしてそういうことだったのだろうか。

 ――まぁ、いっか。

 今となっては結果オーライだ。新しく買い直す必要も無いし、結婚指輪に流用できるならあの価格はむしろ安い。
 奏澄の世界で持つ意味は、いずれ結婚することになったら伝えよう、と考えながら、奏澄は調理の手を動かすのだった。