オリヴィアに言われるがままについて行くと、建物から出てしまった。メイズたちは城内に残したままだ。不安を覚えながらも、奏澄は怖々後ろを歩いた。
人気の無い方へと進み、黙ったまま暫く歩き続け、広い場所へ出る。そのまま更に歩を進めていくと、目の前に古い建物が見えた。近づけば、それはギリシャ様式の神殿のようだった。太い円柱が整然と並び、四角い箱のような形をしている。
オリヴィアは歩調を緩めることもなく、その中に入っていった。奏澄も慌てて後を追う。
中に入ると、白を基調とした荘厳な造りに、状況も忘れて奏澄は思わず見惚れた。歴史を感じるが、現在は使われている様子が無い。神殿なのに、祭礼などは行わないのだろうか。
オリヴィアはためらいなく祭壇に上がり、壁にかけてあった剣を手に取った。そして奏澄の目の前に来ると、その剣を差し出した。
「受け取りなさい」
有無を言わせぬ言葉に、奏澄が戸惑いながらも両手で剣を受け取る。
見慣れぬそれは、儀式用の剣のようだった。鞘も柄も真っ白で、繊細な金の装飾が施されている。実用目的には見えないが。
「これが、唯一悪魔を殺せる武器よ」
奏澄が息を呑む。それはつまり、この剣には神の力が宿っているということ。急に剣の重さが増した気がして、奏澄は落とさないように必死だった。
「これで悪魔の心臓を貫くか、首を切断すれば、あれを殺すことができるわ」
「それを、私が?」
「あなたにしか使えないもの。できないのなら、条件を戻すだけよ」
はぐれものの島へセントラルの人間を案内するか、奏澄の手で悪魔を殺すか。
どちらかしか、選べないのなら。
「わかりました。お受けします」
できるかどうかはわからない。悪魔とやらが、どんなものなのかもわからない。けれど、災害だと言うのなら。存在してはならぬものなのだと言うのなら。まだ、心に言い訳ができる。
仲間を取り戻すためならば。
「けれど、私一人で悪魔と戦うのは無理があります。先に、仲間を解放していただけませんか。彼らがいなければ、私は海へ出ることもままなりません」
「メイズがいれば充分ではないの?」
「いいえ。船は二人では動かせません。旅も二人ではできません。悪魔を殺してこいと言うのなら、仲間は絶対に必要です」
オリヴィアは、少しだけ考えるように口を閉ざした。そして結論が出たのか、再度口を開く。
「わかったわ。仲間は解放しましょう」
要求が呑まれたことに、奏澄が安堵しかけると。
「ただし、全員というわけにはいかないわ。最低でも一人、残してちょうだい」
「そんな……!」
「当然でしょう。この場で全員解放するなら、取引をする意味がないもの。あなたが約束を果たす保証がどこにあるの?」
奏澄は歯噛みした。オリヴィアの言うことはもっともだ。しかし、それでは、誰か一人を犠牲にすることになる。
けれど、これ以上の提案はできない。人質を取られているのに、それ以上の担保になるものが、奏澄には無い。
「……わかり、ました」
逡巡した結果、絞り出すようにそう答えた。下手にごねて、全員を返さないと言われても困る。その一人には、誠心誠意謝罪し、帰還を約束するしかない。
「私の仲間を一人残せば、あとは解放していただけるんですよね」
「ええ」
「その範囲に、白虎の仲間も含んでいただけませんか」
「それは別の話でしょう」
奏澄の要求に、オリヴィアは棘のある声で返した。やはり無茶だっただろうか。
「では、今すぐでなくて構いません。悪魔の首を持ち帰ることができたら、考慮してください」
「存外厚かましいのね。いいわ、約束通り首を持って帰ってきたなら、考えるだけはしてあげる」
今はこれが精一杯だ。奏澄は震える息を長く吐いた。
神殿を出ようとするオリヴィアに、奏澄は慌てて声をかけた。
「あの、肝心の悪魔について聞いていないのですが」
「悪魔がいる方角は、コンパスが指していたでしょう」
「方角だけじゃ……。特徴とかは」
「何を言っているの? そんなもの、メイズが誰より知っているでしょう」
オリヴィアは、怪訝そうに眉を寄せた。
「悪魔は、黒弦海賊団の船長、フランツよ」
人気の無い方へと進み、黙ったまま暫く歩き続け、広い場所へ出る。そのまま更に歩を進めていくと、目の前に古い建物が見えた。近づけば、それはギリシャ様式の神殿のようだった。太い円柱が整然と並び、四角い箱のような形をしている。
オリヴィアは歩調を緩めることもなく、その中に入っていった。奏澄も慌てて後を追う。
中に入ると、白を基調とした荘厳な造りに、状況も忘れて奏澄は思わず見惚れた。歴史を感じるが、現在は使われている様子が無い。神殿なのに、祭礼などは行わないのだろうか。
オリヴィアはためらいなく祭壇に上がり、壁にかけてあった剣を手に取った。そして奏澄の目の前に来ると、その剣を差し出した。
「受け取りなさい」
有無を言わせぬ言葉に、奏澄が戸惑いながらも両手で剣を受け取る。
見慣れぬそれは、儀式用の剣のようだった。鞘も柄も真っ白で、繊細な金の装飾が施されている。実用目的には見えないが。
「これが、唯一悪魔を殺せる武器よ」
奏澄が息を呑む。それはつまり、この剣には神の力が宿っているということ。急に剣の重さが増した気がして、奏澄は落とさないように必死だった。
「これで悪魔の心臓を貫くか、首を切断すれば、あれを殺すことができるわ」
「それを、私が?」
「あなたにしか使えないもの。できないのなら、条件を戻すだけよ」
はぐれものの島へセントラルの人間を案内するか、奏澄の手で悪魔を殺すか。
どちらかしか、選べないのなら。
「わかりました。お受けします」
できるかどうかはわからない。悪魔とやらが、どんなものなのかもわからない。けれど、災害だと言うのなら。存在してはならぬものなのだと言うのなら。まだ、心に言い訳ができる。
仲間を取り戻すためならば。
「けれど、私一人で悪魔と戦うのは無理があります。先に、仲間を解放していただけませんか。彼らがいなければ、私は海へ出ることもままなりません」
「メイズがいれば充分ではないの?」
「いいえ。船は二人では動かせません。旅も二人ではできません。悪魔を殺してこいと言うのなら、仲間は絶対に必要です」
オリヴィアは、少しだけ考えるように口を閉ざした。そして結論が出たのか、再度口を開く。
「わかったわ。仲間は解放しましょう」
要求が呑まれたことに、奏澄が安堵しかけると。
「ただし、全員というわけにはいかないわ。最低でも一人、残してちょうだい」
「そんな……!」
「当然でしょう。この場で全員解放するなら、取引をする意味がないもの。あなたが約束を果たす保証がどこにあるの?」
奏澄は歯噛みした。オリヴィアの言うことはもっともだ。しかし、それでは、誰か一人を犠牲にすることになる。
けれど、これ以上の提案はできない。人質を取られているのに、それ以上の担保になるものが、奏澄には無い。
「……わかり、ました」
逡巡した結果、絞り出すようにそう答えた。下手にごねて、全員を返さないと言われても困る。その一人には、誠心誠意謝罪し、帰還を約束するしかない。
「私の仲間を一人残せば、あとは解放していただけるんですよね」
「ええ」
「その範囲に、白虎の仲間も含んでいただけませんか」
「それは別の話でしょう」
奏澄の要求に、オリヴィアは棘のある声で返した。やはり無茶だっただろうか。
「では、今すぐでなくて構いません。悪魔の首を持ち帰ることができたら、考慮してください」
「存外厚かましいのね。いいわ、約束通り首を持って帰ってきたなら、考えるだけはしてあげる」
今はこれが精一杯だ。奏澄は震える息を長く吐いた。
神殿を出ようとするオリヴィアに、奏澄は慌てて声をかけた。
「あの、肝心の悪魔について聞いていないのですが」
「悪魔がいる方角は、コンパスが指していたでしょう」
「方角だけじゃ……。特徴とかは」
「何を言っているの? そんなもの、メイズが誰より知っているでしょう」
オリヴィアは、怪訝そうに眉を寄せた。
「悪魔は、黒弦海賊団の船長、フランツよ」