白い外壁の城を見上げて、奏澄は生唾を呑んだ。
 城、と言われた時には、テーマパークによくあるような、てっぺんの尖った豪奢な作りを想像した。しかしセントラルの城は円柱と四角柱で構成されており、とげとげした印象は無く、外観からは華美さよりも堅実さを重視しているように見えた。

「お城だ……」
「城を見るのは初めてか?」
「私の世界にもあったけど、ほとんど観光地だから。本当に王様がいるお城とか……緊張する……」

 メイズに言いながら、奏澄は自分の姿を見下ろした。王に謁見するのに、こんな普段着で良いのだろうか。しかし、アンリとロッサについても、正装とは思えない。特にロッサは。

「アンリさん、今更ですが、私たちこの格好で良かったんでしょうか」
「構わない。私たちが謁見するのは王ではなく、総督だからな」
「えっ?」

 わざわざ城まで来るのだから、てっきり王に会うのだとばかり思っていた奏澄は拍子抜けした。そもそもオリヴィアは、城にいるのだろうか。ロッサは最初、司令本部に行こうとしていた。つまり、軍事の中心はそちらなのだ。

「セントラルが軍事強化しだしたのは、歴史から見れば最近のことだ。軍事を切り分けるまでは、城が全ての中心だった。まだ儀礼的なことは城で行う決まりになっている。防衛設備も機能しているし、地下牢も現役だ」

 奏澄の疑問を見透かしたように、アンリが答えた。なるほど、と奏澄は納得した。城と宮殿の違いは、その役割にある。ここは正しく城なのだ。単なる王族の居住地ではない。そして今も尚、その機能を果たしている。

 アンリは部下を城の外へ待機させ、衛兵に声をかけた。ロッサは元々部下を連れていない。奏澄はさすがに一人で乗り込むわけにはいかない。メイズとハリソンを伴って、アンリに付いていく。武器の携帯は許されなかったので、それぞれに自分の武器を預けた。

 通された部屋は、大きな円卓の置かれた会議室のような場所だった。相手が王ではないから、謁見の間とは違うのだろう。
 そしてその円卓には、既にオリヴィアが着座していた。背後には、銃を携帯した兵士が二人立っている。
 視線が合った瞬間に、奏澄の体が強張る。平然と、なんて無理だ。あの人は、自分に武器を向け、仲間を危険に晒し、今も尚自分たちを脅かしている。
 握りしめた奏澄の手を、メイズが包んだ。視線を交わさずとも、わかる。大丈夫、と伝えてくれている。奏澄は意識して息を吐いた。

「座りなさい」

 最初に言葉を発したのはオリヴィアだった。

「私は形式的なことに興味はないの。回りくどいことは無しでいきましょう」
「……それでは、失礼して」

 率先して、アンリが席についた。その隣にロッサが。続いて、奏澄、メイズ、ハリソンと腰かける。

「カラルタン島にある食堂『ソリッソ』が、不当に業務停止命令を受けたと聞いている。そして、抵抗した従業員が捕らえられたとも。あの店は、かつてセントラルにも招かれたことのある、伝統ある店だ。急なことに周辺の島々も動揺している。納得のいく説明を求めたい」
「同じく、アルメイシャ島にある『ドロール商会』もだ。あの商会はギルドにこそ加盟していないが、繋がりが広く、影響が大きい。赤の海域にとって損害となる」
「そのためにわざわざ? 存外暇なのね、四大海賊とやらも」

 煽るような言い方ではなく、さも自然な疑問のように口にしてみせる。そのことが、余計にアンリの神経を逆なでしたようだった。眉間の皺が深くなる。

「罪状は、セントラルへの反逆者を匿っていたこと。以上よ」
「反逆? 彼らが何をした」
「それを説明する義務はないわ」
「……彼女に、関係することか」

 アンリが奏澄へ視線を向けた。オリヴィアの考えは読めないが、焦っている様子は微塵もない。揺さぶりを、かけてみるべきか。慎重に、奏澄が口を開く。

「捕らえられているのは、私の仲間でしょう。正当な理由が無いのなら、解放してもらいます。監獄島での一件が原因なら、その理由は、セントラルとしても公表されたくないのではないですか」
「別に困ることは何もないわ。監獄島でのことは、白虎が無謀にも戦いをしかけて、負けたというだけのこと」
「負けていません!」

 奏澄は声を荒げた。驚いたような視線が集まるが、ここは譲れない。

「私たちは、白虎のおかげで目的を達成しました。あれは、白虎の勝利です」

 負けてなどいない。白虎は、きちんと目的を果たしてくれた。奏澄たちは知っている。彼らは、確かに()()()のだ。

 奏澄の言葉に、オリヴィアは僅かに不快を示した。

「……いいわ。なら、あなたと私、二人で話をつけましょう」
「え……」
「平和的に、対話をしてあげると言っているの。あなたが私を納得させることができたら、今回の業務停止命令は撤回するし、捕らえた者たちも解放するわ。これ以上ない譲歩でしょう」

 オリヴィアの提案に、メイズが顔色を変えた。

「それは呑めない」
「メイズ」
「問答無用で人を罪人扱いする奴を、信用できると思うか。二人きりなんかにしたら、何をするかわかったものじゃない」
「私は武器を持たないわ。後ろの兵も下げる」
「悪いが、私もそれには反対だ。そもそも私とロッサが抗議をするためにここに来たのであって、彼女に会ったのは偶然だ。まずこちらと話をつけてくれないか」

 メイズに続けて、アンリも異議を唱えた。海域を代表して来たのに、こんな小娘に命運を握られるのでは堪ったものではないだろう。或いは、奏澄を庇おうとしているのかもしれない。

「何か勘違いをしているようだけれど。この場で、決定権を持つのは私だけなのよ。提案を呑めないのなら、このまま帰ってもらうだけのこと」

 オリヴィアの言葉に、全員が悔しげに顔を歪めた。何を言ったところで、オリヴィアが優位であることは事実だ。

「……わかりました」
「カスミ!」

 メイズが咎めるように名を呼んだ。それに笑って答える。

「大丈夫。話をするだけなら、私でもできるから」
「話だけで済むかどうか」
「アンリさんとロッサさんが、証人だよ。ここで私に何かをしたら、青龍と朱雀が黙ってない。ですよね?」

 奏澄が二人に声をかけると、アンリは溜息を吐き、ロッサは胸を張った。

「ああ。確かに、請け負った」
「任せろ!」

 頼もしい二人に笑みを返して、奏澄はメイズに向き直った。

「ね。大丈夫だから」
「……お前の、大丈夫は、信用できないと言っただろう」
「ひどいなぁ」

 笑いを零せば、メイズが増々眉を寄せる。笑い事じゃない、というところだろう。

「メイズさん。こうなったカスミさんは、梃子(てこ)でも動きませんよ」

 ハリソンの助け舟に、奏澄は頷いてみせる。

「自分の船長を信じてよ」

 数秒見つめ合って、やがて根負けしたようにメイズが溜息を吐いた。

「怪我の一つでもしたら、二度と無茶できないようにするからな」
「えっ怖っ!」

 不穏な言葉を残して、メイズはアンリとロッサと共に、兵に連れられ部屋を出ていった。

「ハリソン先生。メイズのこと、よろしくお願いします」
「ええ。こちらは任せてください」

 最後にハリソンが出ていき、部屋には奏澄とオリヴィアの二人だけが残った。

「さて。話し合いを、しましょうか」

 この国のトップに。即ち、世界のトップとの対話に。奏澄は、表情を引き締めた。