約束のサロリオン島に辿り着き、たんぽぽ海賊団は白虎海賊団と秘密裏に合流した。
 白虎と繋がりのある酒場にて。どうやって監獄島に乗り込むか、その作戦会議を、両団の船長と幹部たちで行っていた。

「監獄島は、三六〇度見張られている。隠密に近づくのは無理だ。だから、俺たちが囮となって、正面で騒ぎを起こす。兵力が正面に集まったタイミングで、お前たちは裏の洞窟へ向かえ」

 地図を指し示しながら、エドアルドが説明する。
 監獄島は西側に監獄の正面入口があり、護送船はそちらから入ることになる。監獄の裏には切り立った山があり、それを隔てて東側に洞窟があった。
 洞窟は、表向きには中に有毒ガスが発生するとして封鎖されている。そのため、洞窟の前に見張りは配置されていない。東側から上陸しても、険しい山を越え、監視の目を掻い潜り、西側の監獄に辿り着くのは厳しい。東の警備は西より手薄だった。

「騒ぎって……」
「なに、無茶はしない。目的は陽動だからな。適当に引っ掻き回すだけだ」
「それで釣られるかい? いきなり白虎がセントラルに喧嘩売るなんて、何かあると思うだろ」

 疑わしげなマリーに、アニクが答えた。

「のってくるさ。監獄島には、白虎の仲間も何人か捕まってるからな。実際、助け出そうとしたことも過去にはあったんだ」

 その言葉に、奏澄たちは目を丸くした。道理で、監獄島の地形を把握している。
 けれどそれは、逆に不安の種でもある。戦力を揃え、傷を負い、そこまでするのなら、仲間を優先したいのでは。

「優先順位を見誤ったりはしない。そこは信頼してほしい」

 白虎の眼差しを受け止めて、奏澄は頷いた。

「わかりました。ご厚意に、心から感謝します」

 ここまで来て、怪我をしないでくれなどと、甘えたことは言えない。奏澄にできることは、信じて、祈ることだけだ。

「オレたちの船って、そのまま入れそう?」

 航海士であるライアーの疑問に、エドアルドは髭を撫でた。

「入口の大きさだけ見れば、あの船ならそのまま入れるだろうが……中はどうなっているかわからんぞ」
小艇(ボート)の方がいいんじゃねぇか?」

 隠密性から考えても、小さな船の方が見つかりにくい。白虎の幹部からの提案に、ライアーは少し考えて首を振った。

「いや、戦力は分散させない方がいい。コバルト号は喫水も浅いし、行けるとこまでは行こう」

 見知らぬ洞窟内となれば、操船には相当の技術が必要なはずだ。それでも、ライアーは全員が共に動くことを選んだ。

「いい航海士を持ったな」
「でしょう。うちの自慢の航海士です」

 エドアルドの言葉に、奏澄は満面の笑みで胸を張った。ライアーは照れたように頬をかいた。

「では、決行は今夜」
「ご武運を」

 エドアルドと奏澄は、固く握手を交わした。



*~*~*



 日没後。白虎の船団に隠れる形で、コバルト号も監獄島付近まで近づく。感知されるギリギリのところでそっと離れ、待機した。白虎の船団は速度を上げて正面へと向かう。
 監視圏内に入ったのだろう、島に警報が鳴り響く。それを無視して、白虎の船団は正面へ向けて、大砲を放った。

 ドン!! と大きな音がして、爆炎が上がる。途端、島は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
 開戦の、合図だ。
 胸中で白虎の無事を祈り、コバルト号は東の洞窟へと回る。

「……ここが……」

 大きな洞窟の入口を見上げて、奏澄は固唾を呑んだ。胸元のコンパスが、熱を帯びている気がする。
 それをぎゅっと握りしめて、奏澄は仲間たちに告げた。

「行こう」

 仲間たちは、真剣な顔で頷いた。

 明かりが外に漏れないよう、ある程度進むまではほんの僅かな明かりだけを頼りに進むことになる。海底や岩の様子に気をつけながら、ライアーの指示で慎重に船を進めていく。
 思ったより内部は広く、船底をこすることも、岩壁にぶつかることもなく、コバルト号はゆっくりと奥へ向かう。
 ある程度進んだところで、明かりを灯していく。

「今のところ、見つかって、ないよな……?」
「多分、ね」

 小声でのやり取りを聞きながら、奏澄はコンパスを取り出した。
 奏澄がちらりとハリソンの方を窺うと、ハリソンは真面目な顔で頷いた。不安げな顔をする奏澄の肩を、メイズが抱いた。少しだけ、奏澄の体から力が抜ける。
 奏澄は意を決したようにコンパスの蓋を外すと、中の磁針を指に刺した。僅かに走った痛みに、肩が跳ねる。指から零れ出した血を吸って、磁針が徐々に赤く染まる。その様を見て、奏澄が息を呑む。
 半分ほど赤く染まった磁針はくるくると回り、やがてぴたりと止まった。磁針は赤い方が、船の進行方向を指している。その方角に何かあるのだろうか、と目を向けると、磁針から赤い光が伸びた。

「えっ!?」

 誰ともなく、声を上げた。
 赤い光は、奏澄を導くように、洞窟の奥へと続いていた。

「……進みましょう」

 コンパスに、従うしかない。
 赤い光を辿るようにして、奥へ奥へと進んでいく。
 やがて、コバルト号は開けた場所に出た。天井に大きな穴が空いていて、月明かりが差している。
 正面には祭壇のようなものがあり、セントラルの紋章である女神のレリーフが置かれていた。月明かりに照らされたそれは、何故だかとても幻想的で。

「……綺麗……」

 奏澄は思わず、そう零していた。

「おい、ちょっと待て……なんだ、この壁……!」

 焦ったような声を皮切りに、上甲板にざわめきが広がる。
 暗さで気づきにくいが、周囲の壁には、あちこちに人為的な穴が空いていた。まるで、もぐらの穴のような。

「ご苦労様」

 その一言で、空気が張り詰める。
 良く通る、女性の声だった。柔らかいのに冷たく、色気があるのに恐ろしい。
 この声に、奏澄は聞き覚えがあった。

「オリヴィア……!」

 壁の穴から姿を現した彼女に、メイズがリボルバーを構えた。しかし。

「大人しくしてなさい」

 すっとオリヴィアが手を上げると、壁の穴の全てに一斉に明かりが灯った。どうやら、本当にもぐらの穴同様、壁の穴全てが通路となっていて、どこかへ繋がっているようだった。
 穴の中にいるのは、銃を構えた兵士たちだ。その銃は、以前セントラルで追われた時のマスケットとは違う。

 ――ライフルだ。

 奏澄はぞっとした。四方からあれに狙われて、自分たちに抵抗する術など、無い。
 震える奏澄の代わりに、メイズが構えたまま大声で問いかける。

「ここまで放っておいて、今更何の用だ」
「彼女に、資格があるとわかったから。私たちを、無の海域――いえ、『はぐれものの島』へ、案内してもらうわ」
「……どうして」

 半ば呆然として、奏澄は零した。

「どうして、あなたが、行きたがるんですか。セントラルが、その島に、いったい何の用があるんですか」
「……あなた、私たちが持っているこの武器は、どこから来たのだと思う?」

 オリヴィアは、ホルスターからリボルバーを取り出した。

「これは、はぐれ者の技術よ」
「え……?」
「セントラルを軍事国家として発展させたのは、あなたの世界の武器なの」

 言われている言葉が、飲み込めない。あの武器が、奏澄の世界から?

「けれどこれでは足りない。セントラルは、最強の武力を持つ必要がある。だから、連れて行ってもらうわ。もっと優れた武器を、技術を、持つ島へ」
「セントラルは、今だって、世界一の大国でしょう。それ以上、強くなって、何の意味があるんですか。何のために」
「平和のために」

 迷いなく答えた彼女に、奏澄は言葉を失った。

「言ったでしょう、足りないのよ。四大海賊だの、悪魔だの、そんなのがいる内は。誰も逆らおうと思わないほどの力がいるの。そうすれば、戦争なんて起こらないわ」

 ――駄目だ。言葉の通じる相手じゃない。

 奏澄は、肌で感じていた。この人とは、根本的に考え方が異なる。
 オリヴィアは、絶対的な正義を持っている。正しいと思っているから、揺るがない。言葉の応酬は無意味だ。

「もういいかしら。あなたの案内がいるから付き合ったけれど、力尽くでもいいのよ」

 オリヴィアは、今のところ、奏澄たちに危害を加える発言はしていない。要求は、はぐれものの島へ案内することだけ。従っても、はぐれものの島へは行けるし、仲間たちも傷つかない。けれども。

「――嫌です」

 確信がある。この人を、はぐれものの島へ、連れて行ってはいけない。

「銃で人を脅しながら口にする平和なんて、()()信じられない!」

 この国の人たちは違うかもしれない。この世界の人たちは違うかもしれない。
 それでも、私は。私は!
 仲間たちの暮らす世界が、そんな世界であってほしくない!

「よく言った!」
「ッ!?」

 パン、と発砲音がして、オリヴィアのリボルバーが弾き飛ばされた。

「え、あ……アニクさん!?」

 壁の穴の一つに、銃を構えたアニクの姿があった。

「なん、なんで」
「ぐあッ!?」

 目を白黒させる奏澄の耳に、次々と兵士の悲鳴が聞こえた。
 周囲を見渡せば、それぞれの穴の中で、背後から斬られたり撃たれたりしている兵士の姿が見えた。アニクの足元にも一人倒れており、彼を倒してその場所を奪ったのだと見て取れた。

「船長が、妙な動きしてる奴らがいるからこっち加勢してこいってさ! まさかこんな隠し通路があったとはな」

 アニクの部隊のみ、別動隊として、こちらに回されたのだろう。少数ではあるが、この狭い場所では充分だった。
 オリヴィアはアニクを睨みつけた。

「あの男を撃ち落としなさい!」
「うおっと」

 アニクは弾を避けようとして、まだ息のある兵を盾にしながら穴の奥へと体を引かせた。

「こっちは何とかするから、早いとこ行った方がいいぜー!」

 緊迫感のないアニクの大声が、穴の中から聞こえた。

「ありがとう、ございます!」

 奏澄は、負けないくらいの大声で叫んだ。

「って、どうするんだよ、カスミ。ここまで来たけど、この先はもうないぜ」
「大丈夫、わかる」

 焦ったライアーの声に、奏澄は落ちついて答えた。
 わかる。どうすればいいのか。コンパスが、教えてくれる。
 奏澄は、コンパスから伸びる赤い光を、祭壇のレリーフへ当てた。
 途端、地響きがして、洞窟内の海が真っ二つに割れていった。

「なになに!? なにこれ!?」

 ライアーが慌てふためいて海を覗き込んだ。割れ目の下は、見えない。航海士の常識を覆す現象に、見るからに混乱している。

「っていうか、このままだとこの船落ち……ッ」

 もう遅い。コバルト号の下は、完全な空白となった。乗組員たちを、嫌な浮遊感が襲う。

「全員、船に掴まれ!!」

 メイズが大声で指示を出すと、全員が船にしがみついた。

「カスミ!」

 メイズは奏澄を抱き寄せて、船端を掴み体をなるべく固定させた。
 船はそのまま重力に従い、見知らぬどこかへ落下していった。