白衣の人間を連れて船に戻ったことに、メイズが何も説明せずとも、甲板は一気に沸き立った。その様子を、ハリソンは微笑んで見ている。

「船長さんは慕われていますね」
「……ああ」

 この船が団として成り立っているのは、奏澄がいるからだ。彼女が楔となっている。そうでなければ、集まることの無かった者たちだ。そして何より海賊として異質なのは、乗組員のほとんどは()()()()()()()()()()()()、ということだ。居場所の無いはみ出し者の寄せ集めではない。帰る場所があっても、各々の意志によってこの船に留まっている。それがどれほどのことなのか、おそらく彼女に自覚は無い。

「ハリソン先生!?」

 驚いた声にメイズたちが目を向けると、人を掻き分けて来るレオナルドが見えた。
 彼の姿を認めると、ハリソンは目を瞠った。

「君は……」

 ただならぬ空気に、二人の間に何かあることは悟ったが、メイズは気が急いていた。一刻も早く奏澄の元へハリソンを連れて行きたいのに。

「レオ、話は後にしてくれ」
「いや、ハリソン先生なら、先に言っておいた方がいい。先生なら、わかるはずだ」

 何を、というメイズの疑問を聞かずに、焦った様子でレオナルドはハリソンに告げた。

「先生、カスミは、母さんと()()なんだ。この世界の、人間じゃない」

 いきなり奏澄の情報を明かしたレオナルドに、メイズはぎょっとした。しかし、直後にひっかかりを覚え、眉を寄せた。

 ――母さんと、同じ?

 レオナルドの母と言えば、奏澄と同じ世界から来たというサクラのことだろう。彼女はヴェネリーアで流行り病に罹り、薬が効かずに亡くなった。
 ハリソンは、レオナルドの言葉に驚いてはいたが、疑いの様子は見せなかった。普通、異世界の人間だ、などと言われたら戸惑う。つまりハリソンは、異世界の人間が存在することを知っている。

「そうか……やはり君は、サクラさんの……」

 囁くような声で呟いて、ハリソンはレオナルドを見据えた。

「わかりました。後で詳しく話しましょう。君は、船長さんに決して近づかないように」
「――……わかってる」

 ぐ、っとレオナルドは拳を握りしめた。元々男性陣は見舞いを禁止されていたが、レオナルドは特に接近禁止を言い渡されていた。理由は、彼がサクラの血を引いているからだ。半分は異世界の人間の血であることを考えると、サクラの体質も受け継いでいる可能性がある。

「先生。カスミを、船長を頼む」

 頭を下げるレオナルドに、ハリソンは心なしか苦しそうな顔をしながらも、しっかりと答えた。

「全力を尽くします」

 彼が医者であるからか、それともサクラの件があるからか。絶対に助かる、と言わないあたり、ハリソンは正しい。正しいが、メイズは不安に駆られた。彼でも治せなければ、後がない。しかしそれはハリソンのせいではない。頼みこんで、やっと来てもらえたのだ。ここで信頼を失うようなことはできない。メイズは大きく息を吐いて気持ちを落ちつけた。



 説明のためマリーを伴い、メイズはハリソンとアニクを奏澄の部屋へ案内した。
 マリーがノックして、部屋の中へ声をかける。看護のために中にいたローズは、ドアを開けハリソンの姿を目にすると、ほっとしたように顔を緩めた。

「船長を、よろしくお願いします」

 頭を下げて、ローズはマリーと交代した。

「では診察しますので、メイズさんとアニクは廊下で待っていてください。マリーさんは、伺いたいことがあるので中で」

 マリーとハリソンが部屋の中へ入ると、メイズは壁に体を預け、落ちつかないように腕を組んだ。
 険しい顔のメイズに、アニクは暫くの間気まずそうに黙っていたが、沈黙に耐えられなかったのか口を開いた。

「ちらっと見えたけど、思った以上にちっこかったな。あれいくつ?」

 メイズがじろりと睨みつけると、アニクは口を尖らせた。

「怒んなよ。気が立ってるのはわかるけどよ、ずっとその調子じゃ気疲れするだろ。雑談くらいした方が気が紛れるって」

 別に気を紛らわせる必要は無いが、白虎の幹部を邪険にする理由も無い。今の自分に余裕が無い自覚はあるので、メイズは渋々会話に付き合った。

「……正確な年齢は聞いていないが、二十代らしいぞ」
「うっそ、マジか。悪い、ロリコンだと思ってた」

 今度こそメイズはアニクに対する苛立ちから睨みつけた。アニクは慌てて取り繕った。

「いやまぁ、別にいくつでも関係ないよな! うん! 揃いの指輪を贈るくらいだもんな!」
「別に、俺が指輪にしたわけじゃ」
「え? なに、指輪欲しがったのは船長の方なの?」
「……どちらかと言えば、そうなるな」

 ペアリングの提案をしたのはレオナルドだが、それがいいと言ったのは奏澄だ。最初から指輪をねだられたわけではないが、メイズと奏澄のどちらが欲しがったか、と言えば奏澄になるだろう。

「いーねー愛されてんねー」

 アニクの言葉に、メイズは耳を疑った。呆けたようなメイズに、アニクは怪訝そうに首を傾げた。アニクが口を開こうとすると、奏澄の部屋のドアが開き、ハリソンが顔を出した。

「ひとまずの処置は終わりましたので、部屋へどうぞ」