「あーあ、ライアーが船長落ち込ませたー」
「オレのせい!?」
「ここは責任を取って、何か面白い余興をすべきなんじゃない?」
「えぇ……急な無茶ぶりするじゃん……もー」
仕方ないな、と言いながら、ライアーは海賊旗を描いた紙をくしゃくしゃと丸めた。
「カスミ、見てて」
それを手の中に収めて、数回握る動作をすると、ぱっと手を開いた。
「わ……」
ライアーの手に乗っていたのは、小さな砂糖菓子だった。
「はい、どーぞ」
「ありがとう。すごい、どーやったの」
「秘密」
に、と笑って指を立てる姿が大変サマになっている。
しかしそれはマリーのつっこみにより数秒ももたなかった。
「どーせ女にモテるために習得したとかしょうもない理由でしょ」
「いいじゃん! ウケるじゃん手品!」
理由は合っているのか、と苦笑しながら、奏澄は砂糖菓子を口に含んだ。優しい甘さに、心が解ける。
「さて、じゃぁ次はカスミの番だ」
「え、私余興なんて」
「歌ってよ、カスミ」
驚いて、ごくりと菓子を飲み込む。
「船長、歌えるんですか?」
「歌えるっていうか……歌えはするけど、別に上手くは」
「いいからいいから。上手いとかじゃないんだよ」
それは間接的に上手くはないと言っているのでは。
奏澄は複雑な気分になった。自分でも上手いとは思っていないが、ライアーは奏澄の歌に惚れたと言っていたはずなのに、それはそれでなんだか納得いかないものがある。
「余興なんだから、気にすることないよ。あたしも聞いてみたいし、歌ってみなよ」
「えー……もう。どんなでも笑わないでね?」
「おかしかったら笑わせてもらうよ」
「もー!」
そういうところは素直だから、おかしかったら本当に笑うだろう。でも、それもいいかもしれない。
力を込めて立ち上がると、足元が少しふわっとした。今ならお酒が入っているから、羞恥心も少なくて済むかもしれない。
「一番、奏澄、歌いまーす」
わざと余興っぽい名乗りを上げて、大きく息を吸った。立ち上がった奏澄に、何事かと他の乗組員も視線を向けた。それを気にしないようにして、声を出す。
できれば伴奏が欲しかったなぁと思いながら、波の音を伴奏にして、海の唄を。
あの時とは状況が違うのに、歌っていたら、やはりメイズを想った。海の唄だからだろうか。海を浮かべると、メイズが浮かぶ。それが気恥ずかしくて、歌っている間、メイズの方は見られなかった。
「ありがとうございましたー」
一曲終わってお辞儀をすると、皆が拍手をくれた。指笛をくれる者もいて、照れくさくて、愛想笑いを向ける。
「なるほどねぇ。ライアーの言ってること、何となくわかったわ」
「え?」
「うん。上手くはないけど、あたしは好きだよ」
「ありがとう。でもその前置きいる? いるかな?」
「船長! あたしも好きですよ! 上手くはないけど!」
「ありがとう! エマはわざとかな!」
「気にしないでください。上手い下手はともかく、私も好きです」
「ローズ~……!」
これは完全にからかっているだろう。リクエストに答えたのに、当のライアーは満足げにするだけで、フォローしてはくれない。
いたたまれなくなって、奏澄はメイズのところに戻った。メイズの近くには他の乗組員がいたが、奏澄が戻るのと入れ替わりにいなくなった。
「メイズ、楽しめてる?」
「カスミ。向こうはいいのか」
「うん、充分話せたし。メイズは? 私邪魔しちゃったかな」
「いや、あいつらは……まぁ、気にするな」
言葉を濁したメイズを不思議に思いながらも、奏澄はメイズの隣に腰を下ろした。
「さっき、なんで歌ってたんだ?」
「う……この距離なら聞こえてたよね。ライアーにリクエストされて」
「ライアーが?」
「一回、アルメイシャで歌ったんだ。それがきっかけで、ライアーは仲間になってくれたの」
「へぇ……」
感情の読めない声で返事をされて、奏澄は戸惑った。あの歌で、と思ったのだろうか。それとも何か、気にかかることでもあったのだろうか。
「メイズはああいうの、嫌いだったかな」
「いや、いいんじゃないか」
「でも、下手だったでしょ」
「下手ってほどじゃないだろ」
それはつまり、メイズからしても上手くはない、わけだ。さすがにこうも連続で上手くはないと言われると、何やらすごくいたたまれない。いっそ下手だと笑ってくれた方がまだ良かったかもしれない。
飲まなきゃやってられない、とばかりに手近な瓶を掴んで、奏澄は自分の杯に注ぎながら喋った。
「あはは、お耳汚しを、失礼しました」
「いや、俺は――っておい、お前それ」
ぐ、と呷った瞬間、喉に焼けるような熱を感じ、咳き込んだ。
「大丈夫か」
「っげほ、これ、強……っ」
「よく見ないで飲むからだ」
頭がくらくらとするのは、アルコールのせいか、恥ずかしさで血が上ったのか。咳き込みすぎて涙が浮かんできた。
「ちょっと待ってろ、水持ってくる」
「すみません……」
面倒をかけてしまった。申し訳なさと羞恥心で、奏澄は蹲った。酒で人に迷惑をかけないことを信条としてきたのに。いや、吐いてないし絡んでもいないから、まだセーフか。
目が熱くて、瞼を閉じた。頭がふわふわとする。暑い。これはもう、水を飲んだら部屋で寝よう。
「――い、おい。――ミ」
ぼんやりとした意識の中で、声が聞こえる。起きなければならない、と頭では思うのに、瞼が開かない。奏澄が思い通りにならない体に力を入れようと奮闘していると、力強い腕に抱きあげられた。そのことに安心して、力を抜く。この腕に任せていれば、大丈夫だ。
暫く心地良いリズムに揺られていると、柔らかいものの上におろされた。きっとベッドに寝かせてくれたのだろう。
「あ……りが、と」
絞りだすような掠れた声で礼を告げた奏澄に、メイズは少し驚いた様子で返した。
「起きてたのか」
「今、起き、た」
起きたと言いながら、その様子は起きているとは言い難い。呂律は回っていないし、無理やり開けた瞼は閉じたり開いたりを繰り返して、気を抜けばまたくっついてしまうだろう。
「いいから、そのまま寝てろ」
「や……ほったらかして、きちゃったし」
「気にするな。多分朝まで飲んでるぞ」
「寝る支度も、してない」
「起きたらやれ」
「甘やかす……」
「……そういうつもりはないんだが」
困惑した声から、本当に自覚が無いことがわかる。こういうところも、扱いに慣れていない印象を受ける。力の強い人が小動物を苦手とするのに似ている。加減を、線引きを、まだ量っている最中なのかもしれない。
「とりあえず、俺はもう戻るぞ」
「もう少し……」
「俺の戻りが遅いと、また色々言われるんじゃないか」
「それは別にいい……」
と言うより、もう手遅れな気がする。勘違いはされるかもしれないが、幸いにもこの船にはそれを悪し様に言うような者はいない。なら、二人のことは、二人がわかっていればいい。
「何かしてほしいのか?」
「んー……そうだ。子守唄、歌って?」
ちょっとした意趣返しのつもりだった。上手くはない、上手くはない、と言われすぎて、だったら他の人の歌も聞いてみたい、と。
言われたメイズは、不機嫌そうに眉を寄せた。
「子守唄なんぞ知らん」
「だったら、知ってる歌なんでもいいよ」
「……俺は歌は苦手なんだ」
苦虫を噛み潰すような声に、奏澄は逆に興味を持った。メイズがこんな反応をするのは珍しい。
「私の歌も聞いたんだし、おあいこでしょ。ここなら私しか聞いてないよ」
「…………笑うなよ」
メイズは少しの間むっつりと黙った後、そう前置きをしてから小さく歌を紡いだ。
低い声は心地が良かったが、何故か絶妙に音が外れていて、本人もそれをわかっているのだろう、眉間に皺を寄せて歌っているのがおかしくて、奏澄は小さく吹き出した。
その反応は予想通りだったのだろう、特に怒ることもなかったが、メイズは照れ隠しのように軽く奏澄を睨んだ。
「笑うなって言っただろ」
「ご、ごめん、だって、そんな苦しそうな顔で歌う人初めて見た」
「だから苦手だって言ったんだ」
「ごめんって。でも私、メイズの声好きだよ」
「……そりゃどうも」
それが世辞でないことは、多分伝わっているだろう。ぶっきらぼうに答える様子がなんだか可愛く思えて、奏澄は笑った。
「お前は楽しそうに歌うよな」
「そう?」
「ああ。それになんだか――懐かしい感じがする」
「懐かしい?」
奇妙な感想だった。奏澄の歌う曲は全て元いた世界の曲だから、こちらの世界の人間に馴染みがあるとは思えない。懐かしいと思うような要素が、何かあっただろうか。
「なんだろうな。記憶の何かに似ているわけじゃないんだが……しいて言うなら、暖炉の火に似ている」
「それは――……」
暖炉の火。それは、人を温めるもの。家を温めるもの。揺らめく炎。それそのものなのか、あるいは灯す人か、照らされる人か。
メイズの語彙では出てこなかったが、その懐かしさが、例えば母親の温もりだとしたら。
「……子守唄、歌おうか?」
「いいから早く寝ろ」
「うん……おやすみなさい」
「おやすみ」
奏澄の頭をひと撫でして、メイズは部屋を出ていった。
*~*~*
「お、メイズさんおかえりー」
「ライアー、お前それ何杯目だ」
「覚えてないし数えてもいない! 明日のことは明日考える!」
その返事を聞いて、メイズは頭を抱えた。泥酔している様子はないが、セーブしている様子もないので、このまま放っておけば明日は使いものにならないかもしれない。
「ほらほら、メイズさんももっと飲みましょう」
「呑気だなお前は……」
「いやー、だって色々めでたいじゃないですか!」
「めでたい?」
「手掛かりが掴めたこととか、セントラルから逃げ切ったこととか、海賊団になったこととか!」
「ライアー、お前セントラルから逃げ切れたと、本気で思ってるのか」
「え」
メイズの言葉に、ライアーは一気に酔いが冷めた様子で聞いた。
「どういう意味です?」
「あのオリヴィアが本気で追手をかけたのだとしたら、ろくな被害もなく逃げ切れたのは出来過ぎている」
「そんな……考えすぎなんじゃ」
「だといいんだがな」
難しい顔をして、ライアーは酒を呷った。それはつまり、泳がされているということだ。何の目的があるのかはわからないが。
「それ、カスミには?」
「言ってないし、言うなよ」
「船長なのに?」
「確証の無いことで、不安にさせる必要も無いだろう」
「アンタほんと、カスミに甘いですよね」
「……そう見えるか」
本気でわかっていなさそうなメイズに、ライアーは信じられないものを見る目を向けた。
「無自覚とかやめてくださいよめんどくさい」
「どういう意味だ」
「いやほんと……なんかオレの未来が見えるんで……」
急に沈み始めたライアーを訝しみながら、メイズも酒を呷った。
「オレのせい!?」
「ここは責任を取って、何か面白い余興をすべきなんじゃない?」
「えぇ……急な無茶ぶりするじゃん……もー」
仕方ないな、と言いながら、ライアーは海賊旗を描いた紙をくしゃくしゃと丸めた。
「カスミ、見てて」
それを手の中に収めて、数回握る動作をすると、ぱっと手を開いた。
「わ……」
ライアーの手に乗っていたのは、小さな砂糖菓子だった。
「はい、どーぞ」
「ありがとう。すごい、どーやったの」
「秘密」
に、と笑って指を立てる姿が大変サマになっている。
しかしそれはマリーのつっこみにより数秒ももたなかった。
「どーせ女にモテるために習得したとかしょうもない理由でしょ」
「いいじゃん! ウケるじゃん手品!」
理由は合っているのか、と苦笑しながら、奏澄は砂糖菓子を口に含んだ。優しい甘さに、心が解ける。
「さて、じゃぁ次はカスミの番だ」
「え、私余興なんて」
「歌ってよ、カスミ」
驚いて、ごくりと菓子を飲み込む。
「船長、歌えるんですか?」
「歌えるっていうか……歌えはするけど、別に上手くは」
「いいからいいから。上手いとかじゃないんだよ」
それは間接的に上手くはないと言っているのでは。
奏澄は複雑な気分になった。自分でも上手いとは思っていないが、ライアーは奏澄の歌に惚れたと言っていたはずなのに、それはそれでなんだか納得いかないものがある。
「余興なんだから、気にすることないよ。あたしも聞いてみたいし、歌ってみなよ」
「えー……もう。どんなでも笑わないでね?」
「おかしかったら笑わせてもらうよ」
「もー!」
そういうところは素直だから、おかしかったら本当に笑うだろう。でも、それもいいかもしれない。
力を込めて立ち上がると、足元が少しふわっとした。今ならお酒が入っているから、羞恥心も少なくて済むかもしれない。
「一番、奏澄、歌いまーす」
わざと余興っぽい名乗りを上げて、大きく息を吸った。立ち上がった奏澄に、何事かと他の乗組員も視線を向けた。それを気にしないようにして、声を出す。
できれば伴奏が欲しかったなぁと思いながら、波の音を伴奏にして、海の唄を。
あの時とは状況が違うのに、歌っていたら、やはりメイズを想った。海の唄だからだろうか。海を浮かべると、メイズが浮かぶ。それが気恥ずかしくて、歌っている間、メイズの方は見られなかった。
「ありがとうございましたー」
一曲終わってお辞儀をすると、皆が拍手をくれた。指笛をくれる者もいて、照れくさくて、愛想笑いを向ける。
「なるほどねぇ。ライアーの言ってること、何となくわかったわ」
「え?」
「うん。上手くはないけど、あたしは好きだよ」
「ありがとう。でもその前置きいる? いるかな?」
「船長! あたしも好きですよ! 上手くはないけど!」
「ありがとう! エマはわざとかな!」
「気にしないでください。上手い下手はともかく、私も好きです」
「ローズ~……!」
これは完全にからかっているだろう。リクエストに答えたのに、当のライアーは満足げにするだけで、フォローしてはくれない。
いたたまれなくなって、奏澄はメイズのところに戻った。メイズの近くには他の乗組員がいたが、奏澄が戻るのと入れ替わりにいなくなった。
「メイズ、楽しめてる?」
「カスミ。向こうはいいのか」
「うん、充分話せたし。メイズは? 私邪魔しちゃったかな」
「いや、あいつらは……まぁ、気にするな」
言葉を濁したメイズを不思議に思いながらも、奏澄はメイズの隣に腰を下ろした。
「さっき、なんで歌ってたんだ?」
「う……この距離なら聞こえてたよね。ライアーにリクエストされて」
「ライアーが?」
「一回、アルメイシャで歌ったんだ。それがきっかけで、ライアーは仲間になってくれたの」
「へぇ……」
感情の読めない声で返事をされて、奏澄は戸惑った。あの歌で、と思ったのだろうか。それとも何か、気にかかることでもあったのだろうか。
「メイズはああいうの、嫌いだったかな」
「いや、いいんじゃないか」
「でも、下手だったでしょ」
「下手ってほどじゃないだろ」
それはつまり、メイズからしても上手くはない、わけだ。さすがにこうも連続で上手くはないと言われると、何やらすごくいたたまれない。いっそ下手だと笑ってくれた方がまだ良かったかもしれない。
飲まなきゃやってられない、とばかりに手近な瓶を掴んで、奏澄は自分の杯に注ぎながら喋った。
「あはは、お耳汚しを、失礼しました」
「いや、俺は――っておい、お前それ」
ぐ、と呷った瞬間、喉に焼けるような熱を感じ、咳き込んだ。
「大丈夫か」
「っげほ、これ、強……っ」
「よく見ないで飲むからだ」
頭がくらくらとするのは、アルコールのせいか、恥ずかしさで血が上ったのか。咳き込みすぎて涙が浮かんできた。
「ちょっと待ってろ、水持ってくる」
「すみません……」
面倒をかけてしまった。申し訳なさと羞恥心で、奏澄は蹲った。酒で人に迷惑をかけないことを信条としてきたのに。いや、吐いてないし絡んでもいないから、まだセーフか。
目が熱くて、瞼を閉じた。頭がふわふわとする。暑い。これはもう、水を飲んだら部屋で寝よう。
「――い、おい。――ミ」
ぼんやりとした意識の中で、声が聞こえる。起きなければならない、と頭では思うのに、瞼が開かない。奏澄が思い通りにならない体に力を入れようと奮闘していると、力強い腕に抱きあげられた。そのことに安心して、力を抜く。この腕に任せていれば、大丈夫だ。
暫く心地良いリズムに揺られていると、柔らかいものの上におろされた。きっとベッドに寝かせてくれたのだろう。
「あ……りが、と」
絞りだすような掠れた声で礼を告げた奏澄に、メイズは少し驚いた様子で返した。
「起きてたのか」
「今、起き、た」
起きたと言いながら、その様子は起きているとは言い難い。呂律は回っていないし、無理やり開けた瞼は閉じたり開いたりを繰り返して、気を抜けばまたくっついてしまうだろう。
「いいから、そのまま寝てろ」
「や……ほったらかして、きちゃったし」
「気にするな。多分朝まで飲んでるぞ」
「寝る支度も、してない」
「起きたらやれ」
「甘やかす……」
「……そういうつもりはないんだが」
困惑した声から、本当に自覚が無いことがわかる。こういうところも、扱いに慣れていない印象を受ける。力の強い人が小動物を苦手とするのに似ている。加減を、線引きを、まだ量っている最中なのかもしれない。
「とりあえず、俺はもう戻るぞ」
「もう少し……」
「俺の戻りが遅いと、また色々言われるんじゃないか」
「それは別にいい……」
と言うより、もう手遅れな気がする。勘違いはされるかもしれないが、幸いにもこの船にはそれを悪し様に言うような者はいない。なら、二人のことは、二人がわかっていればいい。
「何かしてほしいのか?」
「んー……そうだ。子守唄、歌って?」
ちょっとした意趣返しのつもりだった。上手くはない、上手くはない、と言われすぎて、だったら他の人の歌も聞いてみたい、と。
言われたメイズは、不機嫌そうに眉を寄せた。
「子守唄なんぞ知らん」
「だったら、知ってる歌なんでもいいよ」
「……俺は歌は苦手なんだ」
苦虫を噛み潰すような声に、奏澄は逆に興味を持った。メイズがこんな反応をするのは珍しい。
「私の歌も聞いたんだし、おあいこでしょ。ここなら私しか聞いてないよ」
「…………笑うなよ」
メイズは少しの間むっつりと黙った後、そう前置きをしてから小さく歌を紡いだ。
低い声は心地が良かったが、何故か絶妙に音が外れていて、本人もそれをわかっているのだろう、眉間に皺を寄せて歌っているのがおかしくて、奏澄は小さく吹き出した。
その反応は予想通りだったのだろう、特に怒ることもなかったが、メイズは照れ隠しのように軽く奏澄を睨んだ。
「笑うなって言っただろ」
「ご、ごめん、だって、そんな苦しそうな顔で歌う人初めて見た」
「だから苦手だって言ったんだ」
「ごめんって。でも私、メイズの声好きだよ」
「……そりゃどうも」
それが世辞でないことは、多分伝わっているだろう。ぶっきらぼうに答える様子がなんだか可愛く思えて、奏澄は笑った。
「お前は楽しそうに歌うよな」
「そう?」
「ああ。それになんだか――懐かしい感じがする」
「懐かしい?」
奇妙な感想だった。奏澄の歌う曲は全て元いた世界の曲だから、こちらの世界の人間に馴染みがあるとは思えない。懐かしいと思うような要素が、何かあっただろうか。
「なんだろうな。記憶の何かに似ているわけじゃないんだが……しいて言うなら、暖炉の火に似ている」
「それは――……」
暖炉の火。それは、人を温めるもの。家を温めるもの。揺らめく炎。それそのものなのか、あるいは灯す人か、照らされる人か。
メイズの語彙では出てこなかったが、その懐かしさが、例えば母親の温もりだとしたら。
「……子守唄、歌おうか?」
「いいから早く寝ろ」
「うん……おやすみなさい」
「おやすみ」
奏澄の頭をひと撫でして、メイズは部屋を出ていった。
*~*~*
「お、メイズさんおかえりー」
「ライアー、お前それ何杯目だ」
「覚えてないし数えてもいない! 明日のことは明日考える!」
その返事を聞いて、メイズは頭を抱えた。泥酔している様子はないが、セーブしている様子もないので、このまま放っておけば明日は使いものにならないかもしれない。
「ほらほら、メイズさんももっと飲みましょう」
「呑気だなお前は……」
「いやー、だって色々めでたいじゃないですか!」
「めでたい?」
「手掛かりが掴めたこととか、セントラルから逃げ切ったこととか、海賊団になったこととか!」
「ライアー、お前セントラルから逃げ切れたと、本気で思ってるのか」
「え」
メイズの言葉に、ライアーは一気に酔いが冷めた様子で聞いた。
「どういう意味です?」
「あのオリヴィアが本気で追手をかけたのだとしたら、ろくな被害もなく逃げ切れたのは出来過ぎている」
「そんな……考えすぎなんじゃ」
「だといいんだがな」
難しい顔をして、ライアーは酒を呷った。それはつまり、泳がされているということだ。何の目的があるのかはわからないが。
「それ、カスミには?」
「言ってないし、言うなよ」
「船長なのに?」
「確証の無いことで、不安にさせる必要も無いだろう」
「アンタほんと、カスミに甘いですよね」
「……そう見えるか」
本気でわかっていなさそうなメイズに、ライアーは信じられないものを見る目を向けた。
「無自覚とかやめてくださいよめんどくさい」
「どういう意味だ」
「いやほんと……なんかオレの未来が見えるんで……」
急に沈み始めたライアーを訝しみながら、メイズも酒を呷った。