「えー……それでは、『たんぽぽ団』の結成を祝して」
「『たんぽぽ海賊団』でしょ、船長!」
「私はまだそれ認めてないので! とりあえず、乾杯!」
『乾杯!!』
わぁっと歓声が上がり、一斉に騒がしくなる。
広い空の下、あるだけの明かりを灯して、上甲板での宴会となった。何だかんだで鬱憤も溜まっていたのかもしれない。むしろここまで飲み会のようなことをやってこなかったので、配慮が足りなかったかと、奏澄は内心反省した。
それなりに交流は図っていたが、もっと早くに懇親会でもやるべきだっただろうか。しかし、ライアーは元々商会とは馴染みであるし、メイズは積極的に交流するタイプには見えない。自分が馴染むために酒の席を用意するのもどうだろう、という気がしていたのだが、いやしかし。
「船長、またなんか余計なこと考えてるでしょ~!」
「エマ、ローズ」
「どうも」
開始早々に奏澄の元へ来たのは、数少ない女性乗組員のエマとローズだった。
エマは明るく好奇心が旺盛で、奏澄にも最初から興味津々で話しかけてきていた。
ふわふわとした赤毛がチャームポイントで、奏澄は羨ましく思っているが、本人は広がりがちな癖毛は悩みの種らしい。目はぱっちりと大きく、興味のあるものを見つけると爛爛と輝く。
ローズは落ちついているが芯が強く、エマがはしゃぎすぎるとストッパーの役割をしている。身長差があるので見た目は凸凹だが、いいコンビだ。
「船長! せっかくだし、あっちで女子会しましょ、女子会!」
「あ、はい。是非」
「メイズさん、船長借りていきますね」
「あまり飲ませすぎるなよ」
「気をつけます」
何故かメイズに許可を取るローズを不思議に思いながら、奏澄はエマに引っ張られ、マリーのいる所へ連れていかれた。
「お、いらっしゃい」
「どうも、お邪魔します」
「マリーさん、準備できてます?」
「ああ、何種類かやってみたよ」
そう言ってマリーが出したのは、カラフルな中身のグラスだった。
「これ、カクテル?」
「そ。変わった酒が手に入ったから、混ぜてみたんだよ。男どもは飲めりゃ何でもいいんだろうけど、せっかくだからちょっと試してみたくてさ」
見た目はどれも綺麗な色をしていて、美味しそうに見える。物珍しそうに眺める奏澄に、マリーはにぃと唇を吊り上げた。
「カスミ、最初に選んでいいよ」
「いいの? じゃぁ、これにしようかな」
オレンジとピンクが層になっているグラスを一つ、手に取った。元の世界のカシスオレンジのようなものだろうか、と思ったからだ。
「あたしはこれ!」
「私はこれで」
「んじゃ、あたしはこれにしようかな」
一人一つグラスを選んで、各々掲げる。
『乾杯!』
掛け声の後、皆が口をつけるのに倣って、奏澄もそれを口に含んだ。途端、口内に強い酸味が広がる。
「~~~~!?」
「あっはっは! 船長、ハズレだ~!」
「やっちまったねぇ」
おかしそうに笑うエマとマリーを、涙目で見つめる奏澄。
「な、なにこれ、すっぱ!」
「金の海域で取れる珍しい果実の酒だってさ。甘そうなやつと混ぜたらいけると思ったんだけど、配合が悪かったか」
悪びれることもなく言うマリーに、さては適当に混ぜたのか、と恨みがましい視線を送る。
「大丈夫ですか、水どうぞ」
「ローズ~」
「マリーさんの趣味なんですよ。適当に混ぜて人に飲ませるの。諦めてください」
「なんてはた迷惑な趣味……」
「でもこれで色々実験して、いい組み合わせができたら売り出したりもしてるので。実益兼ねてるんです」
「さすが商人……」
しかし自分で味見をしながら調合するのではなく、まず人に飲ませるというところがマリーらしい。
「ごめんごめん。ちょっと直してみたから、ほら。飲んでみな」
疑いの目を向けながら再度口をつけると、まだ酸味が強いが、先ほどよりはぐっと飲みやすくなっていた。
「うん、すっぱいけど、これくらいなら」
「なるほどなるほど。メインにするより、ちょっと加えるくらいがちょうどいいかな」
「先に試してから飲ませてよ……」
「それじゃつまらないじゃないか」
楽しそうなマリーに、奏澄もついつい顔が緩んでしまう。
そう、こういう時間を。楽しいと思うのだと。楽しいと、感じることができる自分に、ほっとした。
「船長! あたし、船長に聞いてみたかったことがあるんですけど!」
「なんですか?」
「船長って、メイズさんとデキてるんですか?」
「デキてないですよ?」
「即答だ!」
何故かショックを受けた風なエマに、奏澄は首を傾げる。つまらないかもしれないが、ショックを受ける要素はどこにも無いのではないだろうか。
「じゃ、じゃぁ、どういう対象として見てるんですかー!?」
「食い下がるねぇ」
「だってお酒の席でもないと聞けないじゃないですかこんなことー!」
一応普通に聞いたら失礼だという自覚はあるのか、と、それこそ失礼だが思ってしまった。奏澄も酒が回ってきているのかもしれない。何せ、この世界に来て初めて摂取するアルコールだ。
元々奏澄はそれほど酒に強いわけではない。かといって極端に弱いということもないが、飲むと眠くなるので、外ではあまり飲まない方だった。特に人と接している時は、余計なことをしでかさないように気を張っているし、量もセーブする。
しかしここは自分の船の上で、すぐに部屋に帰ることもできるし、一緒に飲んでいるのは仲間だけだ。とはいえ、酔い潰れても良いというほど気心知れた仲でもない。加減が難しいなと、既にぼんやりする頭で考えた。
「メイズは、しいて言うなら……家族、が近いですかね」
「家族?」
「しいて言うなら、ですけど」
この感情を、枠組みに嵌めるのは難しい。神様だ、と言っても、理解はできないだろう。奏澄自身、人にうまく説明できる自信は無い。
この話題からどう逃げるか、と思っていたところに、ちょうど良く助け船が入った。
「ここだけ華やかでずるい! オレもうむさくるしい中にいるの無理! 混ぜて~!」
「ライアー」
女性だけで固まっている中に、果敢にも一人で入ってきたのはライアーだった。
「ライアーてめぇずるいぞ!」
「戻ってこい! 筋肉の良さを教えてやる!」
「ぜってーお断りだね!」
先ほどまでいた場所から飛んでくる野次に、ライアーは舌を出して答えた。
「そうだカスミ! 海賊旗の下絵描いてみたんだけどさ、こんな感じでどうよ」
「器用だよねライアー」
図面を描くのが上手いと、絵も上手いものなのだろうか。紙に描かれたデザイン案は、髑髏があるのはともかくとして、たんぽぽをモチーフにしており、なかなかに可愛らしかった。
「いいじゃん! かわいい」
「海賊旗が可愛いってのもどうなのかね」
「いいじゃないですか。私も結構好きですよこれ」
女性陣からは概ね好評のようだった。それはそれとして、まず海賊旗を許可していないのだが。
「私、他の海賊旗って全然知らないんだけど。有名な海賊とかっているの?」
「あれ? メイズさんから聞いてないんだ」
驚いた顔をした後、ライアーは紙を裏返し、四つの海賊旗をさらさらと描いて見せた。
「有名な海賊団はいくつかあるけど、まず覚えておいた方がいいのはこの四つ」
こつ、と鉛筆で海賊旗を示しながら説明するライアー。
最初に指したのは、燃えるような鳥をモチーフにした海賊旗。
「赤の海域を拠点にしてるのが、朱雀海賊団。船長はロッサ、主船はレッド・フィアンマ号」
次に指したのが、竜をモチーフとした海賊旗。
「緑の海域を拠点にしてるのが、青龍海賊団。船長はアンリ、主船はグリーン・ルミエール号」
次が、蛇の巻きついた亀のようなものをモチーフとした海賊旗。
「青の海域を拠点にしてるのが、玄武海賊団。船長はキッド、主船はブルー・ノーツ号」
最後に指したのは、虎をモチーフにした海賊旗。
「金の海域を拠点にしてるのが、白虎海賊団。船長はエドアルド、主船はゴールド・ティーナ号」
それぞれのモチーフに既視感を覚えながら、奏澄はそれらを目に焼き付けた。
「この四つの海賊団は四大海賊って言われてて、それぞれの海域の顔役みたいなことをしてる。セントラルでもうかつに手は出せないほど力がある」
「海賊が、顔役? 縄張りみたいにしてるってこと?」
「それはそうなんだけど、無理に上納金むしり取ってるとかじゃないよ。義賊……は言い過ぎかなぁ。ま、揉め事の仲裁とか、セントラルの行き過ぎた行為を諫めたりとかね」
「へぇ……」
あのセントラルに物申せるということは、武力面でもかなりの力があるということだろう。大規模な船団なのかもしれない。
「この四つの海賊団って、仲いいの?」
「そんなこともないけど……なんで?」
「名前が統一性あるから。揃えてつけたのかなって」
朱雀、青龍、玄武、白虎とは、中国の四神の名前だ。奏澄の耳にはそう翻訳されているだけで、実際は違う言葉かもしれないが、少なくとも関連性のある名前ではあるのだろう。
「ああ、別に本人たちが名乗ったわけじゃないからね」
「……そうなの?」
ワントーン下がった奏澄の声に気づかず、ライアーはそのまま続ける。
「それぞれが目立ってきた頃に、誰かが言い出したんだよ。古い文献で読んだ守り神みたいだって。それが四方を司る幻獣だったから、ちょうどいいって浸透して、そのまま定着した感じ」
「つまり……通り名みたいな……」
「まぁそんな感じかな。みんなが元々海賊ってわけじゃないし、指名手配された時に勝手につけられたりとか……あっ」
奏澄の言わんとしていることに気づいたのだろう、しまったというようにライアーは口を手で塞いだ。
「やっぱり海賊って自分から名乗るものじゃないんじゃない!」
ライアーに詰め寄る奏澄に、マリーがからからと笑った。
「やっちまったねぇ、ライアー」
「い、いいじゃん! カスミも名前欲しかっただろ!?」
「それは……っそうだけど、でも、海賊団は名乗らないからね!?」
わかったわかった、と宥められるが、そのうち勝手に名乗られる気がしてならない。
気をとり直して、奏澄は海賊旗の描かれた紙を見た。
「四大ってことは、白と黒の海域には、そういう顔役? いないんだ」
「白の海域はセントラルのお膝下だからね。黒の海域には……あー」
言いづらそうにしながら、ライアーは頭をかいた。
「黒弦海賊団が、いる」
「黒弦……」
それは、何度か耳にした名前だ。メイズが、奏澄にあまり聞かせないようにしている名前。
「黒弦は、四大の人たちみたいに、顔役ってわけじゃないの?」
「んー……黒弦は、悪い意味で海賊らしい海賊、っていうか。まぁ、詳しいことは気になるならメイズさんに聞いた方がいいよ。オレが勝手に喋ったら、あんまりいい気しないだろうし」
苦笑するライアーに、奏澄は俯いた。
それはおそらく、メイズが踏み込まれたくないことだ。しかし、奏澄はそれを知らないままでいいのだろうか。
「『たんぽぽ海賊団』でしょ、船長!」
「私はまだそれ認めてないので! とりあえず、乾杯!」
『乾杯!!』
わぁっと歓声が上がり、一斉に騒がしくなる。
広い空の下、あるだけの明かりを灯して、上甲板での宴会となった。何だかんだで鬱憤も溜まっていたのかもしれない。むしろここまで飲み会のようなことをやってこなかったので、配慮が足りなかったかと、奏澄は内心反省した。
それなりに交流は図っていたが、もっと早くに懇親会でもやるべきだっただろうか。しかし、ライアーは元々商会とは馴染みであるし、メイズは積極的に交流するタイプには見えない。自分が馴染むために酒の席を用意するのもどうだろう、という気がしていたのだが、いやしかし。
「船長、またなんか余計なこと考えてるでしょ~!」
「エマ、ローズ」
「どうも」
開始早々に奏澄の元へ来たのは、数少ない女性乗組員のエマとローズだった。
エマは明るく好奇心が旺盛で、奏澄にも最初から興味津々で話しかけてきていた。
ふわふわとした赤毛がチャームポイントで、奏澄は羨ましく思っているが、本人は広がりがちな癖毛は悩みの種らしい。目はぱっちりと大きく、興味のあるものを見つけると爛爛と輝く。
ローズは落ちついているが芯が強く、エマがはしゃぎすぎるとストッパーの役割をしている。身長差があるので見た目は凸凹だが、いいコンビだ。
「船長! せっかくだし、あっちで女子会しましょ、女子会!」
「あ、はい。是非」
「メイズさん、船長借りていきますね」
「あまり飲ませすぎるなよ」
「気をつけます」
何故かメイズに許可を取るローズを不思議に思いながら、奏澄はエマに引っ張られ、マリーのいる所へ連れていかれた。
「お、いらっしゃい」
「どうも、お邪魔します」
「マリーさん、準備できてます?」
「ああ、何種類かやってみたよ」
そう言ってマリーが出したのは、カラフルな中身のグラスだった。
「これ、カクテル?」
「そ。変わった酒が手に入ったから、混ぜてみたんだよ。男どもは飲めりゃ何でもいいんだろうけど、せっかくだからちょっと試してみたくてさ」
見た目はどれも綺麗な色をしていて、美味しそうに見える。物珍しそうに眺める奏澄に、マリーはにぃと唇を吊り上げた。
「カスミ、最初に選んでいいよ」
「いいの? じゃぁ、これにしようかな」
オレンジとピンクが層になっているグラスを一つ、手に取った。元の世界のカシスオレンジのようなものだろうか、と思ったからだ。
「あたしはこれ!」
「私はこれで」
「んじゃ、あたしはこれにしようかな」
一人一つグラスを選んで、各々掲げる。
『乾杯!』
掛け声の後、皆が口をつけるのに倣って、奏澄もそれを口に含んだ。途端、口内に強い酸味が広がる。
「~~~~!?」
「あっはっは! 船長、ハズレだ~!」
「やっちまったねぇ」
おかしそうに笑うエマとマリーを、涙目で見つめる奏澄。
「な、なにこれ、すっぱ!」
「金の海域で取れる珍しい果実の酒だってさ。甘そうなやつと混ぜたらいけると思ったんだけど、配合が悪かったか」
悪びれることもなく言うマリーに、さては適当に混ぜたのか、と恨みがましい視線を送る。
「大丈夫ですか、水どうぞ」
「ローズ~」
「マリーさんの趣味なんですよ。適当に混ぜて人に飲ませるの。諦めてください」
「なんてはた迷惑な趣味……」
「でもこれで色々実験して、いい組み合わせができたら売り出したりもしてるので。実益兼ねてるんです」
「さすが商人……」
しかし自分で味見をしながら調合するのではなく、まず人に飲ませるというところがマリーらしい。
「ごめんごめん。ちょっと直してみたから、ほら。飲んでみな」
疑いの目を向けながら再度口をつけると、まだ酸味が強いが、先ほどよりはぐっと飲みやすくなっていた。
「うん、すっぱいけど、これくらいなら」
「なるほどなるほど。メインにするより、ちょっと加えるくらいがちょうどいいかな」
「先に試してから飲ませてよ……」
「それじゃつまらないじゃないか」
楽しそうなマリーに、奏澄もついつい顔が緩んでしまう。
そう、こういう時間を。楽しいと思うのだと。楽しいと、感じることができる自分に、ほっとした。
「船長! あたし、船長に聞いてみたかったことがあるんですけど!」
「なんですか?」
「船長って、メイズさんとデキてるんですか?」
「デキてないですよ?」
「即答だ!」
何故かショックを受けた風なエマに、奏澄は首を傾げる。つまらないかもしれないが、ショックを受ける要素はどこにも無いのではないだろうか。
「じゃ、じゃぁ、どういう対象として見てるんですかー!?」
「食い下がるねぇ」
「だってお酒の席でもないと聞けないじゃないですかこんなことー!」
一応普通に聞いたら失礼だという自覚はあるのか、と、それこそ失礼だが思ってしまった。奏澄も酒が回ってきているのかもしれない。何せ、この世界に来て初めて摂取するアルコールだ。
元々奏澄はそれほど酒に強いわけではない。かといって極端に弱いということもないが、飲むと眠くなるので、外ではあまり飲まない方だった。特に人と接している時は、余計なことをしでかさないように気を張っているし、量もセーブする。
しかしここは自分の船の上で、すぐに部屋に帰ることもできるし、一緒に飲んでいるのは仲間だけだ。とはいえ、酔い潰れても良いというほど気心知れた仲でもない。加減が難しいなと、既にぼんやりする頭で考えた。
「メイズは、しいて言うなら……家族、が近いですかね」
「家族?」
「しいて言うなら、ですけど」
この感情を、枠組みに嵌めるのは難しい。神様だ、と言っても、理解はできないだろう。奏澄自身、人にうまく説明できる自信は無い。
この話題からどう逃げるか、と思っていたところに、ちょうど良く助け船が入った。
「ここだけ華やかでずるい! オレもうむさくるしい中にいるの無理! 混ぜて~!」
「ライアー」
女性だけで固まっている中に、果敢にも一人で入ってきたのはライアーだった。
「ライアーてめぇずるいぞ!」
「戻ってこい! 筋肉の良さを教えてやる!」
「ぜってーお断りだね!」
先ほどまでいた場所から飛んでくる野次に、ライアーは舌を出して答えた。
「そうだカスミ! 海賊旗の下絵描いてみたんだけどさ、こんな感じでどうよ」
「器用だよねライアー」
図面を描くのが上手いと、絵も上手いものなのだろうか。紙に描かれたデザイン案は、髑髏があるのはともかくとして、たんぽぽをモチーフにしており、なかなかに可愛らしかった。
「いいじゃん! かわいい」
「海賊旗が可愛いってのもどうなのかね」
「いいじゃないですか。私も結構好きですよこれ」
女性陣からは概ね好評のようだった。それはそれとして、まず海賊旗を許可していないのだが。
「私、他の海賊旗って全然知らないんだけど。有名な海賊とかっているの?」
「あれ? メイズさんから聞いてないんだ」
驚いた顔をした後、ライアーは紙を裏返し、四つの海賊旗をさらさらと描いて見せた。
「有名な海賊団はいくつかあるけど、まず覚えておいた方がいいのはこの四つ」
こつ、と鉛筆で海賊旗を示しながら説明するライアー。
最初に指したのは、燃えるような鳥をモチーフにした海賊旗。
「赤の海域を拠点にしてるのが、朱雀海賊団。船長はロッサ、主船はレッド・フィアンマ号」
次に指したのが、竜をモチーフとした海賊旗。
「緑の海域を拠点にしてるのが、青龍海賊団。船長はアンリ、主船はグリーン・ルミエール号」
次が、蛇の巻きついた亀のようなものをモチーフとした海賊旗。
「青の海域を拠点にしてるのが、玄武海賊団。船長はキッド、主船はブルー・ノーツ号」
最後に指したのは、虎をモチーフにした海賊旗。
「金の海域を拠点にしてるのが、白虎海賊団。船長はエドアルド、主船はゴールド・ティーナ号」
それぞれのモチーフに既視感を覚えながら、奏澄はそれらを目に焼き付けた。
「この四つの海賊団は四大海賊って言われてて、それぞれの海域の顔役みたいなことをしてる。セントラルでもうかつに手は出せないほど力がある」
「海賊が、顔役? 縄張りみたいにしてるってこと?」
「それはそうなんだけど、無理に上納金むしり取ってるとかじゃないよ。義賊……は言い過ぎかなぁ。ま、揉め事の仲裁とか、セントラルの行き過ぎた行為を諫めたりとかね」
「へぇ……」
あのセントラルに物申せるということは、武力面でもかなりの力があるということだろう。大規模な船団なのかもしれない。
「この四つの海賊団って、仲いいの?」
「そんなこともないけど……なんで?」
「名前が統一性あるから。揃えてつけたのかなって」
朱雀、青龍、玄武、白虎とは、中国の四神の名前だ。奏澄の耳にはそう翻訳されているだけで、実際は違う言葉かもしれないが、少なくとも関連性のある名前ではあるのだろう。
「ああ、別に本人たちが名乗ったわけじゃないからね」
「……そうなの?」
ワントーン下がった奏澄の声に気づかず、ライアーはそのまま続ける。
「それぞれが目立ってきた頃に、誰かが言い出したんだよ。古い文献で読んだ守り神みたいだって。それが四方を司る幻獣だったから、ちょうどいいって浸透して、そのまま定着した感じ」
「つまり……通り名みたいな……」
「まぁそんな感じかな。みんなが元々海賊ってわけじゃないし、指名手配された時に勝手につけられたりとか……あっ」
奏澄の言わんとしていることに気づいたのだろう、しまったというようにライアーは口を手で塞いだ。
「やっぱり海賊って自分から名乗るものじゃないんじゃない!」
ライアーに詰め寄る奏澄に、マリーがからからと笑った。
「やっちまったねぇ、ライアー」
「い、いいじゃん! カスミも名前欲しかっただろ!?」
「それは……っそうだけど、でも、海賊団は名乗らないからね!?」
わかったわかった、と宥められるが、そのうち勝手に名乗られる気がしてならない。
気をとり直して、奏澄は海賊旗の描かれた紙を見た。
「四大ってことは、白と黒の海域には、そういう顔役? いないんだ」
「白の海域はセントラルのお膝下だからね。黒の海域には……あー」
言いづらそうにしながら、ライアーは頭をかいた。
「黒弦海賊団が、いる」
「黒弦……」
それは、何度か耳にした名前だ。メイズが、奏澄にあまり聞かせないようにしている名前。
「黒弦は、四大の人たちみたいに、顔役ってわけじゃないの?」
「んー……黒弦は、悪い意味で海賊らしい海賊、っていうか。まぁ、詳しいことは気になるならメイズさんに聞いた方がいいよ。オレが勝手に喋ったら、あんまりいい気しないだろうし」
苦笑するライアーに、奏澄は俯いた。
それはおそらく、メイズが踏み込まれたくないことだ。しかし、奏澄はそれを知らないままでいいのだろうか。