街中のベンチに座って。メイズは、ぼんやりと行き交う人々を眺めていた。
 その視線は、どうしても親子の姿を捉えてしまう。母親と手を繋いで、無邪気に笑う子どもの笑顔に、思わず目が険しくなる。

 そうしていると、どかりと隣に腰かける者があった。視線だけを、そちらに向ける。

「……ライアー」

 ライアーは、無言で正面を見据えていた。彼にしては珍しく、話を聞きにきた、という風ではない。メイズと同じくらい、険しい顔をしている。
 むっつりと黙ったまま前を睨みつけるようにしていたが、やがて大きく溜息を吐いて屈み込んだ。

「も~……無理……俺にもできることとできないことがある……」

 唐突な弱音に、メイズは怪訝な反応をするしかない。

「いやね、カスミから、メイズさんの説得を頼まれまして」
「……聞いたのか」
「ええ、まぁ」
「悪いが、説教なら今は聞きたくない」
「まー……そうですよね……」

 困り果てたように、彼は髪をかき乱した。

「オレ、基本的にはいつもカスミの味方ですけど。今回ばかりは、メイズさんに賛成です」

 メイズは、驚いたようにライアーの顔を見つめた。

「子どもが命だってのは、わかるんですよ。カスミは自分の中にいるから、余計にそう思うんでしょう。カスミが大事にしていることなら、大事にしてあげたい。でも今回は、さすがに無理だ。だってカスミは、大事な仲間だから。ずっと一緒に過ごしてきたから。そのカスミより見知らぬ子どもを愛せなんて、オレだって無理だ」

 苦しそうなライアーの様子に、それがメイズへの気づかいではなく、彼の本音だということが見て取れた。
 同じだ。メイズだけではない。仲間が、彼女の身を案じないものか。
 生きていてほしい。健やかであってほしい。何よりも大切な人だから。
 それが、そんなにおかしいことなのか。

 結局二人は、並んで難しい顔をすることしかできなかった。



 そして話は平行線を辿った。女性陣は概ね奏澄に寄り添ってくれたが、強くメイズを批判するほどでは無かった。何とか同性から説得してもらえないかと考えた奏澄だったが、頼りのライアーがメイズに賛同し、アントーニオでさえ「子どもがいなくても幸せに暮らすことはできる」などと言い出す。
 絶望的な気分になった奏澄だったが、助け船は意外なところから出た。

「産めばいいじゃねぇか」

 あっけらかんと言い放ったのは、ラコットだった。仲間たちの空気が尋常でなく重いことに、遅れながら彼も事情を知った。
 そして、療養中の部屋で、奏澄とメイズを前にして、いとも簡単にその言葉を言った。
 これには、メイズが瞬時に怒気を放つ。

「カスミが死んでもいいって言うのか」
「なんで死ぬって決めんだよ。カスミは、戦うっつってんだろうが!」

 顔を顰めたラコットの言葉に、奏澄は目を瞠った。

「メイズだって、今まで何度も命張ってきただろ。戦いどころが違うだけだ。今度は、カスミが命張ろうっつってんだろ。だったら、応援すんのが筋じゃねぇのか!」

 死ぬかもしれない、と言われただけで。絶対に死ぬと決まったわけじゃない。
 奏澄は、戦うのだと。そして勝つのだと。だから、それを信じろと。
 ラコットの揺るぎない信念に、メイズの瞳が揺らいだ。

「自分はさんざん信じてもらっといて、カスミはダメなんてそりゃムシが良すぎだろ。なぁに、カスミは一回死にかけたけど治ったもんな。今度も大丈夫だろ! な!」

 気楽に笑いかけるラコットに、奏澄は涙の浮かぶ笑みで答えた。

「はい。大丈夫です。私、強いので。負けません」

 言われて、気づいた。奏澄自身も、自分を諦めていたことに。
 子どもか、自分か。そう問われて、その二択しかないのだと、思い込んでいた。視野が狭まっていた。
 危険かもしれない。それでも、可能性はある。子どもも、奏澄も無事でいられる可能性は。その勝負に、奏澄が勝てばいいだけ。
 勝てる。だって、この人を一人にはできない。

「メイズ。私を、信じてくれる?」
「……そういう聞き方は、ずるいだろ」
「ごめんね。でも、絶対、勝つから。メイズだって、今までそう言ってきたじゃない」

 手を取られたメイズは、とても納得はできない様子だったが、それでもさんざん葛藤して、やがて強く目を閉じた。

「絶対、勝てよ」
「――うん」