「うえっメイズさん!? なんでこんなとこに!?」 

 波止場に座って酒瓶を呷っているメイズを見つけて、ライアーはぎょっとした声を上げた。

「……ライアーか」
「……ん、あれ、酔ってます? それ何本目、うわ」

 夜の暗さと体に隠れて見えなかったが、既に何本か瓶が転がっているのを見て、ライアーは顔を顰めた。

「せっかく手配書取り下げられたのに、そんな飲み方してたら下手すると捕まりますよ。酒場行けばいいじゃないすか」
「ここの酒場は俺一人だと浮く」
「うーん、否定できない」

 いかにもしかつめらしい顔をして腕を組む。
 セントラルは最も治安の良い国だ。本来なら、海賊がひょいひょい出入りする場所ではない。
 見るからに何かあったメイズに、ライアーは溜息を吐いて横に腰を下ろした。

「今度は何したんですか」
「なんで俺が何かした前提なんだ」
「んじゃカスミが何かしたんですか?」

 そう尋ねると、仏頂面で顔を背けた。

「何か、したわけじゃない。ただ……見ないようにしてきた現実を、急に突きつけられた気がした」
「はぁ?」

 わけがわからない、というように眉を寄せるライアーに、メイズは渋々、といった様子で口にした。

「……ガキができた」
「えっおめでとうございます!?」

 疑問形ながらも即座に祝いの言葉を述べたライアーに、メイズは目を瞬いた。そして、しげしげとライアーを眺める。

「え、な、なんすか」
「いや……そうか。普通は、そういう反応をするのか」
「うわ、オレなんか嫌な予感してきた。メイズさんどういう反応したんですか」
「……反応できなかった」

 目を伏せ、うわごとを言うように訥々と零す。

「俺自身、父親はどっかの海賊ってことくらいしか知らないしな。そういうものだと思っていた。今まで俺が抱いた女も、もしガキができてたとしても、どっかで適当に生んでるだろうとしか」
「割と最低な発言ですね」
「今更だな。……けど、今度は、放り出すわけにはいかない。だからといって、俺が……親に、なれるわけがない。でもそれをカスミに言うわけにも、いかないだろ」
「それで、逃げ出してきたと」
「……時間をくれと言った」
「逃げたんでしょーよ」

 ジト目で追及するライアーに、メイズは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 そんなメイズの様子に、ライアーはやれやれと言いたげに肩を竦めた。

「あのですね、メイズさん。どんなにクズでも、親は親です。血が繋がってりゃ生みの親だし、面倒見てりゃ育ての親です。そんなもんは呼び方でしかないし、世の中の親がみんな立派な親かって、そんなわきゃないんですよ。それでも子どもは育つ。心配するだけ無駄です。なれるかどうかなんて、そもそもそんなことを悩んでるのがおかしいんですよ。カスミのお腹に子どもがいるなら、既にメイズさんは父親で、カスミは母親です。なっちゃったんだから、腹括ってください。んで、悩む時は、カスミと悩んでください。一人じゃないんだから」

 でしょう、と指をさすライアーに、メイズはたじろいだ。

「……お前は、いい親になるんだろうな」
「どうですかねー。オレも親の顔とか知らないですし。院長はいい人でしたけど、孤児院育ちなもんで」

 突然明かされたライアーの出自に、メイズが目を丸くする。

「言ったでしょ? 親なんかいなくたって子どもは育つって」

 にっと悪戯が成功した少年のように笑ったライアーに、メイズは表情を緩めた。

「まーメイズさんがそういうのに縁遠いってのはカスミもわかってるだろうし、下手なこと言う前に頭冷やす時間を取ったのは正解だったかもですね。酒飲んでるのはだいぶアウトですけど」
「……悪かったな」

 言って、ふと思い返したことがあり、メイズは口元に手を当てた。

「どうしたんですか?」
「……言ったかもしれない」
「は?」

 首を傾げるライアーの前で、メイズは顔色を悪くしていく。

「下手なことを、言ったかもしれない」
「……時間くれって、言っただけなんじゃ」
「その前に。……いつ、と」

 ライアーが、目を瞠った。

「……それは、いつ妊娠したのか、って意味で?」
「……ああ」

 メイズの返答を聞いたライアーは、立ち上がって拳を握りしめた。

「歯ぁ食いしばれ」

 メイズの返答を聞かずに、ライアーはメイズの頬を思い切り殴りつけた。
 酒が入っていたこともあり、メイズの体は簡単に倒れた。

「ってぇ~!」

 人を殴り慣れていないライアーは拳を痛めたのか、赤くなった手を振っていた。
 しかしすぐにきっと眦を吊り上げて、メイズを睨みつけた。

「アンタ何やってんだ! それは絶対言ったらいけないだろ!」

 緩慢に体を起こすメイズに、ライアーは怒鳴りつける。

「アンタ、それ、カスミが他の男と関係したんじゃないかって言ってんのと同じだからな!?」
「そういう、つもりじゃ」
「ならどういうつもりだよ!」
「……カスミは、フランツと何があったかを、言わなかっただろ。あの後の事だったから、もしかしたら、と」

 ライアーは息を呑んだ。そんなことを、考えていたのか。
 奏澄が、フランツに襲われたのではないかと。そんな、最悪を。それで、何も語らないのではないかと。

「仮に、もし、そんな可能性があったら、カスミはメイズさんに言わないだろ。自分でどうするか、結論を出したはずだ。真正面からメイズさんに伝えたんだから、アンタの子以外にあり得ないだろ」
「……そうか。そう、だな……」

 悔いるような、安堵するような表情を浮かべるメイズに、ライアーも大きく息を吐いて怒りを収めた。

「とにかく、メイズさんは今すぐカスミんとこ行って謝ってきてください」
「だが」
「時間置いてる場合じゃねー失言なんですよ! 今頃絶対泣いてるから、早く行け!」

 ライアーに急かされて、メイズはたたらを踏んだ。

「ライアー」
「まだ何か」
「助かった。礼を言う」

 目を瞬かせるライアーを置いて、メイズは駆けて行った。
 残されたライアーは、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱しながら、その場にしゃがみ込んだ。
 その顔は、僅かに赤みが差していた。