一曲歌い終えて一息つくと、いつの間にか奏澄の前にも少ないながらギャラリーがいて、拍手を送っていた。なんだか気恥ずかしくて、ぺこぺことお辞儀をしながら、急に思いついた。
人が集まっている場所なら、もしかしたら。
「あ、あの! 私は今船で旅をしていて、航海士を探しているんです。どなたか心当たりがあれば、是非声をかけてください! 島に滞在中は、港近くのヤドカリ亭に宿泊しています! よろしくお願いします!」
大声でそう言って、再度頭を下げた。まばらに返事が聞こえ、中には「頑張れ」と応援してくれる声もあった。内心どきどきしていたが、やり遂げた気分だった。
メイズが、航海士を探すのは大変だと言っていた。もし、奏澄が見つけることができたら。少しは役に立てるのではないだろうか。
ここまで、メイズに助けられてばかりだった。自分の力で何もできていないから、不安なのかもしれない。
できることを、しよう。変わらなければと、決めたのだから。
「はい、オレ立候補」
にこにこと笑顔で手を上げたのは、先ほど声をかけてきた金髪の青年だった。
「え!?」
まさかこんなに早く見つかるとは、という気持ちと、思いもよらない人物から声をかけられた驚きと、なんで立候補する気になったのかという衝撃と、色々なものがない交ぜになって、大声を上げてしまった。
「あ、の、えと、航海士……なんです、か?」
「そ。とりあえず、詳しいことはお茶でもしながら話さない?」
そう言って青年は奏澄をベンチに座らせ、広場の屋台で二人分の飲み物を買ってくると、自分も隣に腰かけた。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます。いくらでしたか?」
「いーっていーって、このくらい。お近づきの印に」
実に嫌味なくさらっと言われて、ありがたく受け取る。陽の気配を感じる。見習いたい、と思いながら、奏澄は飲み物に口をつけた。爽やかなフルーツティーが喉を潤して、ほっと一息つく。
「自己紹介がまだだったよな。オレはライアー。この島で航海士をやってる。つっても、特定の船に乗ってるわけじゃなくて、出入りする商船に臨時で乗ってるフリーなんだけどね。お嬢さんは?」
「私は奏澄といいます。事情があって、旅をしていて。この島には、今日着いたばかりです」
「そっかそっか。旅してるって、船だよな? 航海士を探してるってことは、今まではどうやって?」
「えっと……順を追って説明しますね」
そうして奏澄は、故郷に帰るために旅をしていること、旅は始めたばかりで船を持つ予定は無かったこと、偶然船が手に入ったが今のままでは動かせないこと、仲間は二人しかいないことを説明した。
「はー、なるほどね。まぁ一人旅じゃなかったのは納得だ。アンタ見てて危なっかしいもんな」
「そんなですか……」
「そんなですねぇ。この島は昼間は治安がいい方だけど、人の出入りが多い分、人さらいなんかもいるんだぜ。ふらふらしてたら、いつの間にか海の上、かもよ?」
ざぁ、と奏澄の血の気が引く。奏澄なりに考えて行動したつもりだったが、やはり認識が甘いのかもしれない。家族連れもいるような場所だからと、油断していた。今頃、メイズは心配しているだろうか。
このライアーと名乗る青年は、奏澄が落ち込んでいたから声をかけてくれたと思っていたが、保護する意図もあったのかもしれない。根が善良な人間なのだろう。
メイズが乗組員を増やすと言った時、正直不安もあった。奏澄はあまり社交的な性格ではない。表向き取り繕う程度はできるが、船で共に生活するとなれば話は別だ。ライアーのような明るい人柄なら、沈みがちな奏澄にとって助けになるかもしれない。
「声をかけていただいて、本当にありがとうございました」
「硬い硬い! これから仲間になろうって言うんだから、もうちょっと楽にいこうぜ。オレ敬語とか気にしないし」
真面目くさって頭を下げる奏澄を、ライアーはからからと笑い飛ばした。肩の力が抜けて、奏澄も緩く微笑んだ。
「ありがとう。でも、仲間になるって、いいの? まだ待遇とか、そういう詳細決めてないのに」
「その辺は追々詰めるとして。カスミには、びびっときたんだよな」
「びびっと?」
「そう。びびっと。さっきの歌声に惚れたね。そんで、航海士を探してるとくれば、これはもう運命だろ!」
「ライアーおもしろいね」
両手を広げて力説するライアーに、奏澄はくすくすと笑った。
「ちぇー、信じてないな? とにかく、カスミが船長なら、きっといい船になるさ」
「……船長? 私が?」
「違うのか?」
「考えてなかった」
「話を聞く限りじゃ、相棒さんはカスミの手伝いをしてるんだろ? だったらリーダーはカスミだろ」
「そっか……そうだよね……」
船長。船の長。考えてもみなかった。しかし、旅の主導が奏澄である以上、必然的にそうなるだろう。
人数が増えれば増えるほど、奏澄の責任も増していく。自分に、背負えるのだろうか。そして、ひどく個人的な事情に、それほど人を巻き込んで良いものだろうか。
また暗い方に思考がいきそうになって、ぎゅっと目を閉じた。今思い悩むことじゃない。まずは、航海士を獲得できたことを喜ぼう。
「で、他にも手が必要なんだよな。オレが懇意にしてる商会があるから、口きこうか?」
「ありがとう。それはすごく助かるんだけど、まずは仲間にライアーを紹介してもいいかな。どう話が転ぶかわからないし、私は海に関しては素人だから、相談したいの」
「それもそうか。んじゃ、相棒さんに会いに行こう。どこで落ち合うんだ?」
「多分、宿に戻れば、いると……思う。私を探してなければ」
「おっとぉ……もしや喧嘩中?」
「喧嘩にも、なってないかな。私が一方的に、癇癪を起こしただけ」
自嘲気味に笑う奏澄に、込み入った事情を察したのか、ライアーは後ろ頭をかいた。
「あー……根拠の無いことを言うようだけど、きっと大丈夫さ。その相棒さんとは、ここまで二人でやってきたんだろ?」
「うん。すごく、助けてくれた」
「だったら信じてやんなよ。カスミのために、一緒に海に出てくれた人なんだろ?」
「……うん」
奏澄のために。メイズは、いつも、奏澄のために行動してくれている。あの発言も、奏澄のためだ。それはわかっている。わかっているから、わかってほしい。何を望んでいるのかを。
そのための、話をしよう。
「ありがと、ライアー」
「いえいえ」
おどけて返事をするライアーに、少し心が軽くなった。きっと、大丈夫。
人が集まっている場所なら、もしかしたら。
「あ、あの! 私は今船で旅をしていて、航海士を探しているんです。どなたか心当たりがあれば、是非声をかけてください! 島に滞在中は、港近くのヤドカリ亭に宿泊しています! よろしくお願いします!」
大声でそう言って、再度頭を下げた。まばらに返事が聞こえ、中には「頑張れ」と応援してくれる声もあった。内心どきどきしていたが、やり遂げた気分だった。
メイズが、航海士を探すのは大変だと言っていた。もし、奏澄が見つけることができたら。少しは役に立てるのではないだろうか。
ここまで、メイズに助けられてばかりだった。自分の力で何もできていないから、不安なのかもしれない。
できることを、しよう。変わらなければと、決めたのだから。
「はい、オレ立候補」
にこにこと笑顔で手を上げたのは、先ほど声をかけてきた金髪の青年だった。
「え!?」
まさかこんなに早く見つかるとは、という気持ちと、思いもよらない人物から声をかけられた驚きと、なんで立候補する気になったのかという衝撃と、色々なものがない交ぜになって、大声を上げてしまった。
「あ、の、えと、航海士……なんです、か?」
「そ。とりあえず、詳しいことはお茶でもしながら話さない?」
そう言って青年は奏澄をベンチに座らせ、広場の屋台で二人分の飲み物を買ってくると、自分も隣に腰かけた。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます。いくらでしたか?」
「いーっていーって、このくらい。お近づきの印に」
実に嫌味なくさらっと言われて、ありがたく受け取る。陽の気配を感じる。見習いたい、と思いながら、奏澄は飲み物に口をつけた。爽やかなフルーツティーが喉を潤して、ほっと一息つく。
「自己紹介がまだだったよな。オレはライアー。この島で航海士をやってる。つっても、特定の船に乗ってるわけじゃなくて、出入りする商船に臨時で乗ってるフリーなんだけどね。お嬢さんは?」
「私は奏澄といいます。事情があって、旅をしていて。この島には、今日着いたばかりです」
「そっかそっか。旅してるって、船だよな? 航海士を探してるってことは、今まではどうやって?」
「えっと……順を追って説明しますね」
そうして奏澄は、故郷に帰るために旅をしていること、旅は始めたばかりで船を持つ予定は無かったこと、偶然船が手に入ったが今のままでは動かせないこと、仲間は二人しかいないことを説明した。
「はー、なるほどね。まぁ一人旅じゃなかったのは納得だ。アンタ見てて危なっかしいもんな」
「そんなですか……」
「そんなですねぇ。この島は昼間は治安がいい方だけど、人の出入りが多い分、人さらいなんかもいるんだぜ。ふらふらしてたら、いつの間にか海の上、かもよ?」
ざぁ、と奏澄の血の気が引く。奏澄なりに考えて行動したつもりだったが、やはり認識が甘いのかもしれない。家族連れもいるような場所だからと、油断していた。今頃、メイズは心配しているだろうか。
このライアーと名乗る青年は、奏澄が落ち込んでいたから声をかけてくれたと思っていたが、保護する意図もあったのかもしれない。根が善良な人間なのだろう。
メイズが乗組員を増やすと言った時、正直不安もあった。奏澄はあまり社交的な性格ではない。表向き取り繕う程度はできるが、船で共に生活するとなれば話は別だ。ライアーのような明るい人柄なら、沈みがちな奏澄にとって助けになるかもしれない。
「声をかけていただいて、本当にありがとうございました」
「硬い硬い! これから仲間になろうって言うんだから、もうちょっと楽にいこうぜ。オレ敬語とか気にしないし」
真面目くさって頭を下げる奏澄を、ライアーはからからと笑い飛ばした。肩の力が抜けて、奏澄も緩く微笑んだ。
「ありがとう。でも、仲間になるって、いいの? まだ待遇とか、そういう詳細決めてないのに」
「その辺は追々詰めるとして。カスミには、びびっときたんだよな」
「びびっと?」
「そう。びびっと。さっきの歌声に惚れたね。そんで、航海士を探してるとくれば、これはもう運命だろ!」
「ライアーおもしろいね」
両手を広げて力説するライアーに、奏澄はくすくすと笑った。
「ちぇー、信じてないな? とにかく、カスミが船長なら、きっといい船になるさ」
「……船長? 私が?」
「違うのか?」
「考えてなかった」
「話を聞く限りじゃ、相棒さんはカスミの手伝いをしてるんだろ? だったらリーダーはカスミだろ」
「そっか……そうだよね……」
船長。船の長。考えてもみなかった。しかし、旅の主導が奏澄である以上、必然的にそうなるだろう。
人数が増えれば増えるほど、奏澄の責任も増していく。自分に、背負えるのだろうか。そして、ひどく個人的な事情に、それほど人を巻き込んで良いものだろうか。
また暗い方に思考がいきそうになって、ぎゅっと目を閉じた。今思い悩むことじゃない。まずは、航海士を獲得できたことを喜ぼう。
「で、他にも手が必要なんだよな。オレが懇意にしてる商会があるから、口きこうか?」
「ありがとう。それはすごく助かるんだけど、まずは仲間にライアーを紹介してもいいかな。どう話が転ぶかわからないし、私は海に関しては素人だから、相談したいの」
「それもそうか。んじゃ、相棒さんに会いに行こう。どこで落ち合うんだ?」
「多分、宿に戻れば、いると……思う。私を探してなければ」
「おっとぉ……もしや喧嘩中?」
「喧嘩にも、なってないかな。私が一方的に、癇癪を起こしただけ」
自嘲気味に笑う奏澄に、込み入った事情を察したのか、ライアーは後ろ頭をかいた。
「あー……根拠の無いことを言うようだけど、きっと大丈夫さ。その相棒さんとは、ここまで二人でやってきたんだろ?」
「うん。すごく、助けてくれた」
「だったら信じてやんなよ。カスミのために、一緒に海に出てくれた人なんだろ?」
「……うん」
奏澄のために。メイズは、いつも、奏澄のために行動してくれている。あの発言も、奏澄のためだ。それはわかっている。わかっているから、わかってほしい。何を望んでいるのかを。
そのための、話をしよう。
「ありがと、ライアー」
「いえいえ」
おどけて返事をするライアーに、少し心が軽くなった。きっと、大丈夫。