※残虐表現が強めですのでご注意ください。
特に母子に関する残虐描写があります。
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フランツは異常に強かった。そして、妙な戦い方をする。両手の指全てに指輪を嵌めており、その指輪に黒い弦のようなものを収納していた。弦の切れ味は鋭く、人の首でさえも容易く落としてみせた。見たことの無い武器なのでセントラル製かと尋ねたが、そうではないらしい。同じ物を欲しがった乗組員もいたが、使いこなせないとばっさり切られ、誰も使ったことはない。
メイズは使えない武器に興味は無かったので、リボルバーを好んだ。奪って使い捨てていた頃は何でも良かったが、海賊として黒の海域から離れた場所にも出向くようになり、最新の物を含めた武器が自由に選べるようになった。単発式のマスケットと比べ、連射できるリボルバーには各段に利があった。難点は金属薬莢が限られた流通でしか入手できないことだが、あるところにはあるものだ。黒弦の名を出せば渋る者も少なく、それほど苦労はしなかった。愛用のリボルバーを二丁下げるのが定番のスタイルとなり、黒弦の名が浸透して間もなく、『二丁拳銃のメイズ』の名も浸透していった。
フランツは、人に名を呼ばれることをひどく嫌った。乗組員には、ただ船長と呼ばせた。迂闊に名を呼んだ者は殺された。人々は、通り名として彼を『悪魔』と呼んだ。言い得て妙だと、メイズは思った。
メイズも始めは名を呼ばなかったが、副船長と呼ばれ出した頃。フランツから、名を呼ぶことを許された。
――お前は俺によく似てるよ。
さすがに誰からも呼ばれなければ、自分の名すら忘れてしまうからと。副船長くらいは、良いという建前だった。本当のところはわからない。
ちなみに副船長という役職はフランツが与えたものではなく、古参として乗組員をまとめている内に事実上そうなっただけだ。しかし、メイズに実力があったこと、フランツから信頼を置かれていた(ように見えた)ことから、次第にフランツの右腕として知れ渡っていった。
メイズ自身も、フランツには似たところがあると感じていた。常に一人であること。暴力でしか意思表示ができないこと。他者を疎ましく思うこと。誰も信用していないこと。そして、おそらく。過去に、裏切りを受けていること。そういう昏さを、感じていた。
だから、この船にはきっと長くいるだろうと思っていた。もしかしたら、この船で生涯を終えるかもしれないとも。他に行き場も無かった。
それでも。決別の時は訪れた。
小さな島を襲った。目についた住民はいくらでも殺したし、金目の物と食糧はほとんど奪った。そして最後に、火をつけた。
過剰な残虐行為は、乗組員の趣味でもあったが、時には演出として必要だった。このような目に遭うぞと脅しておけば、無駄に逆らう者が減る。
悲鳴は慣れたものだった。それはただの音でしかなく、耳を素通りしていく。しかしその時、妙に耳についた音があった。
赤子の泣き声だった。
足の折れた母親は這いずるようにして、赤子に手を伸ばしていた。しかし非情な海賊は、母親の目の前で赤子を拾い上げ、炎の中へと投げ入れた。泣き声はあっという間に聞こえなくなった。
半狂乱の母親を笑い飛ばす海賊は、近づいてくるフランツを目にして、何事か声をかけた。それを聞いたフランツは、ひょいと赤子を炎の中から拾い上げた。
赤子の肉はすっかり焼けただれ、ひどい臭いが風に乗って漂う。その赤子を持ったまま、フランツは母親の前に屈み込んだ。
酷薄な笑みを浮かべて、フランツは母親に何かを告げた。母親の目が、こぼれんばかりに見開かれる。
鬼の形相で叫ぼうとする母親の口元に、フランツが赤子を押しつけた。母親はぎゅっと口を閉じて、滂沱の涙を流しながら、それでもフランツを睨みつけた。それを受けたフランツは、愉快そうに笑った。
――ああ、そうか。このままじゃ喰いづらいよな。一口大に切ってやるか。
指輪から黒い弦が伸びたのを見た瞬間、メイズはほとんど反射的に、フランツの手を撃ち抜いた。
時間が止まったようだった。撃ったメイズ自身が、一番驚いていた。手が震えている。
「メイズ」
ぞっと全身に鳥肌が立つ。逃げろと脳が警鐘を鳴らしている。それなのに、一歩も動けなかった。
「お前、今、何した?」
底冷えするような赤い瞳。まずい、と引き金を引くが、弾丸は全て黒い弦によって弾かれた。そしてそのまま弦はメイズの足を深く切り裂く。体勢を崩し、メイズが膝をついた。
「逆らったのか? お前が? 俺に?」
言葉こそ疑問形だが、答えなどは求めていないだろう。弦はメイズを縛り上げ、その体を刻んだ。
「なんだ。何が気に障った? 女子どもだからって情けをかけるような性質じゃねェだろ」
その通りだ。答えるつもりの無いメイズは、全身を襲う痛みに、歯を食いしばった。
「なんだろうなァ……母親、か?」
確かめるように口にした言葉に、メイズは表情を変えなかった。しかしフランツは弦を伸ばし、母親の体を刻んだ。悲鳴を上げる間も無く、母親は肉塊となった。
赤黒い肉の塊と。黒焦げた肉の塊が。隣に、並んだ。
「どういうつもりか知らねェが。覚悟はできてンだろうな」
「……好きにしろ」
勢いでした行動だが、後悔は無い。反省も謝罪も、フランツには無意味だ。好きなだけ甚振って殺せばいい。諦めたように、メイズは目を閉じた。
「――そうだな。殺しても、お前には意味がねェだろうな」
戒めが解かれ、メイズの体が地に倒れ伏す。急に肺に酸素が流れ込み、メイズは咳き込んだ。
「殺すのはやめだ。お前は、生きてる方が辛いだろ」
冷めた瞳は、もうすっかり興味を失ったようだった。
「おい。こいつ適当に痛めつけて、どっか遠い島に捨ててこい。殺すなよ」
黒弦の乗組員にそう告げて、フランツはその場を去った。メイズには、一瞥もくれなかった。
そうして、フランツの手により既に弱っていたメイズは、ろくに抵抗することもなく黒弦の仲間だった者たちに甚振られ。ぼろ雑巾のようになって、赤の海域、ブエルシナ島に捨てられるのだった。
特に母子に関する残虐描写があります。
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フランツは異常に強かった。そして、妙な戦い方をする。両手の指全てに指輪を嵌めており、その指輪に黒い弦のようなものを収納していた。弦の切れ味は鋭く、人の首でさえも容易く落としてみせた。見たことの無い武器なのでセントラル製かと尋ねたが、そうではないらしい。同じ物を欲しがった乗組員もいたが、使いこなせないとばっさり切られ、誰も使ったことはない。
メイズは使えない武器に興味は無かったので、リボルバーを好んだ。奪って使い捨てていた頃は何でも良かったが、海賊として黒の海域から離れた場所にも出向くようになり、最新の物を含めた武器が自由に選べるようになった。単発式のマスケットと比べ、連射できるリボルバーには各段に利があった。難点は金属薬莢が限られた流通でしか入手できないことだが、あるところにはあるものだ。黒弦の名を出せば渋る者も少なく、それほど苦労はしなかった。愛用のリボルバーを二丁下げるのが定番のスタイルとなり、黒弦の名が浸透して間もなく、『二丁拳銃のメイズ』の名も浸透していった。
フランツは、人に名を呼ばれることをひどく嫌った。乗組員には、ただ船長と呼ばせた。迂闊に名を呼んだ者は殺された。人々は、通り名として彼を『悪魔』と呼んだ。言い得て妙だと、メイズは思った。
メイズも始めは名を呼ばなかったが、副船長と呼ばれ出した頃。フランツから、名を呼ぶことを許された。
――お前は俺によく似てるよ。
さすがに誰からも呼ばれなければ、自分の名すら忘れてしまうからと。副船長くらいは、良いという建前だった。本当のところはわからない。
ちなみに副船長という役職はフランツが与えたものではなく、古参として乗組員をまとめている内に事実上そうなっただけだ。しかし、メイズに実力があったこと、フランツから信頼を置かれていた(ように見えた)ことから、次第にフランツの右腕として知れ渡っていった。
メイズ自身も、フランツには似たところがあると感じていた。常に一人であること。暴力でしか意思表示ができないこと。他者を疎ましく思うこと。誰も信用していないこと。そして、おそらく。過去に、裏切りを受けていること。そういう昏さを、感じていた。
だから、この船にはきっと長くいるだろうと思っていた。もしかしたら、この船で生涯を終えるかもしれないとも。他に行き場も無かった。
それでも。決別の時は訪れた。
小さな島を襲った。目についた住民はいくらでも殺したし、金目の物と食糧はほとんど奪った。そして最後に、火をつけた。
過剰な残虐行為は、乗組員の趣味でもあったが、時には演出として必要だった。このような目に遭うぞと脅しておけば、無駄に逆らう者が減る。
悲鳴は慣れたものだった。それはただの音でしかなく、耳を素通りしていく。しかしその時、妙に耳についた音があった。
赤子の泣き声だった。
足の折れた母親は這いずるようにして、赤子に手を伸ばしていた。しかし非情な海賊は、母親の目の前で赤子を拾い上げ、炎の中へと投げ入れた。泣き声はあっという間に聞こえなくなった。
半狂乱の母親を笑い飛ばす海賊は、近づいてくるフランツを目にして、何事か声をかけた。それを聞いたフランツは、ひょいと赤子を炎の中から拾い上げた。
赤子の肉はすっかり焼けただれ、ひどい臭いが風に乗って漂う。その赤子を持ったまま、フランツは母親の前に屈み込んだ。
酷薄な笑みを浮かべて、フランツは母親に何かを告げた。母親の目が、こぼれんばかりに見開かれる。
鬼の形相で叫ぼうとする母親の口元に、フランツが赤子を押しつけた。母親はぎゅっと口を閉じて、滂沱の涙を流しながら、それでもフランツを睨みつけた。それを受けたフランツは、愉快そうに笑った。
――ああ、そうか。このままじゃ喰いづらいよな。一口大に切ってやるか。
指輪から黒い弦が伸びたのを見た瞬間、メイズはほとんど反射的に、フランツの手を撃ち抜いた。
時間が止まったようだった。撃ったメイズ自身が、一番驚いていた。手が震えている。
「メイズ」
ぞっと全身に鳥肌が立つ。逃げろと脳が警鐘を鳴らしている。それなのに、一歩も動けなかった。
「お前、今、何した?」
底冷えするような赤い瞳。まずい、と引き金を引くが、弾丸は全て黒い弦によって弾かれた。そしてそのまま弦はメイズの足を深く切り裂く。体勢を崩し、メイズが膝をついた。
「逆らったのか? お前が? 俺に?」
言葉こそ疑問形だが、答えなどは求めていないだろう。弦はメイズを縛り上げ、その体を刻んだ。
「なんだ。何が気に障った? 女子どもだからって情けをかけるような性質じゃねェだろ」
その通りだ。答えるつもりの無いメイズは、全身を襲う痛みに、歯を食いしばった。
「なんだろうなァ……母親、か?」
確かめるように口にした言葉に、メイズは表情を変えなかった。しかしフランツは弦を伸ばし、母親の体を刻んだ。悲鳴を上げる間も無く、母親は肉塊となった。
赤黒い肉の塊と。黒焦げた肉の塊が。隣に、並んだ。
「どういうつもりか知らねェが。覚悟はできてンだろうな」
「……好きにしろ」
勢いでした行動だが、後悔は無い。反省も謝罪も、フランツには無意味だ。好きなだけ甚振って殺せばいい。諦めたように、メイズは目を閉じた。
「――そうだな。殺しても、お前には意味がねェだろうな」
戒めが解かれ、メイズの体が地に倒れ伏す。急に肺に酸素が流れ込み、メイズは咳き込んだ。
「殺すのはやめだ。お前は、生きてる方が辛いだろ」
冷めた瞳は、もうすっかり興味を失ったようだった。
「おい。こいつ適当に痛めつけて、どっか遠い島に捨ててこい。殺すなよ」
黒弦の乗組員にそう告げて、フランツはその場を去った。メイズには、一瞥もくれなかった。
そうして、フランツの手により既に弱っていたメイズは、ろくに抵抗することもなく黒弦の仲間だった者たちに甚振られ。ぼろ雑巾のようになって、赤の海域、ブエルシナ島に捨てられるのだった。