『……え?』

『今の彼女と、来年籍入れることになった。まだ付き合って半年だけど、実はその、子供ができてさ』



少し照れくさそうに話す一馬の言葉を、最初は理解することができなかった。



一馬が、結婚する。
彼女と、一緒になる。

……あぁ、そっか。



『そう、なんだ』



理解してからは一瞬だった。

頭の中でなにかがガラガラと音を立てて崩れて、胸にぽっかりと穴を開けた。
そこでようやく、気付いたんだ。

私一馬のことが好きだったんだ、って。



全部全部、今更だった。

低い声、優しい目、笑った時の目尻によるシワ。
ユーモアがあっておもしろいところ、理解し寄り添ってくれるところ、励ましてくれる前向きなところ。

ひとつひとつのことが全部好きだったと気付くなんて。



だけどもう今更、こんな気持ち言えない。

言ったって一馬のことを困らせるだけだ。
それどころかきっと、友達にすら戻れなくなる。

だけど好きだという気持ちを飲み込むとともに、『おめでとう』という言葉も出てこない。



……あんな冗談を、本気にしていた自分が恥ずかしい。

一馬にとっては会話の流れの中のたったひと言。その記憶にすら残っていないだろう。

心が沈みかけるのをぐっと堪えるように、手元のグラスの中身をグッと飲む。



「ついこの前まで独身仲間だったくせに、来年にはパパなんて……ちゃっかり先越してずるいよねぇ」



やさぐれるようにボソッと言った私に、一馬は慌ててフォローをした。



「ま、まぁ、なにがあるかわからないのが人生だから。大丈夫、静華ならすぐいい人と出会えるって!」

「それもう何回目よ!もう、一馬の言葉なんて信じないんだから!」

「本心だって!」



その『いい人』が、他の人ではダメなのに。

本音が喉元まで出かけるのをこらえて、「……簡単に言うけどさぁ」と不満げな言葉にすりかえた。

まるで拗ねた子供のような態度をしてしまう私に、一馬はいつもと変わらない優しい瞳を向ける。



「簡単に言ってないって。静華ってさ、裏表ないし物事はっきり言えるしちゃんとしてるじゃん?」

「……気が強いって言いたいわけ?」

「まぁ、それもあるけど。でもさ、そんな静華見てると俺も頑張らなきゃなって思うんだよ」



私を見てると、頑張らなきゃって思う?

その言葉の意味を問うように一馬を見ると、彼の目はまっすぐに私に向いている。



「仕事でなにかヘコむことがあっても、静華なら今俺にこう言うんだろうなって考えて自分励まして。
それを繰り返して頑張ってこれたから、今があるんだ」




一馬のことならなんでもわかっている気がしていた。
だけど、今初めて聞く一馬の気持ちに、驚きが隠せない。

いつも私が励まされ支えられてばかりいると思っていた。けれど一馬の中では私が彼を励ましていたんだ。



「だからありがとな、静華。
これまでもこれからも、お前は最高の友達だよ」



その言葉とともに、一馬は柔らかな微笑みを見せた。