ヒロインになれない




『あーもう、またフラれた!』



それは、25歳になる年の冬だった。



『俺と仕事どっちが大事なんだよ、とか意味がわからない!』

『それ俺も元カノに言われたことある。どっちも大事だからこっちも頑張ってるのにな』

『そうなの!どっちかなんて選べないじゃん!』




仕事が好きで、仕事第一になってしまいがちなことから恋人ができても続かないことが多い私。
それは一馬も同じで、彼も仕事優先な生活なせいか恋人ができても続かない。

どちらかが別れたらまた飲みに行って互いを励ますというのが定番の流れだった。

その時も私は彼氏に振られたばかりで、居酒屋で一馬に愚痴を聞いてもらっていた。



『大丈夫。静華ならすぐいい相手みつかるって』

『……それ前回も聞いた』

『毎回言ってやるよ。あ、べつにお世辞とかじゃないから』



そう飾らない言葉で励ましてくれる、一馬のまっすぐなところが人として好きだった。

一馬と話してると、いつだって心が軽く明るくなった。
これはきっと長年の友情からくる安心感というものなのだろうと、その時は思っていた。


『けどこのまま同じこと繰り返して独身のままだったらどうしよう……老後が不安でしかない!』

『あ、じゃあさ。お互い30年後も独身だったら、結婚しようぜ』

『え?』

『静華となら楽しい老後になると思うんだよな。気も遣わなくていいし』



思わぬ提案に少し驚いた。
けれどそれ以上にうれしくて、私はふたつ返事で頷いた。

ひとりの虚しさも、仕事と恋の両立の難しさも、分かち合える人がいる。
それだけで心強く、支えになっていた。



それから誰かと付き合う気持ちにはなれず、私は独り身の時間が続いた。

だけど不思議とさみしさも焦りもなかった。
それどころか、一馬との未来を想像して少し楽しみに思えたりもした。



一馬の好きなもの、きらいなもの、選ぶもの、避けるもの。

長い付き合いのなかで私だけが知っていることがいくつもある。
そんな自分は彼にとって特別なんだと思い込んでいた。

だから、5つ年下の会社の後輩と付き合ったと聞いたときも、なんとも思わなかった。



どうせその子も、一馬のことを理解できないで去っていく。
どうせそのうち別れがくる。

どうしてかそう思って疑わなかった。

だからこそ



『実は、結婚することになったんだ』



その言葉を聞く日がくるなんて、思わなかった。